グッドストック・トウキョウに寄ってみた。
うちの街にあるアコースティックギターの
ライブハウスであるが、ライブのないときは、
ドリンクを提供する店になっている。
きのうは、ライブがないし、たまたま塾の仕事も
オフだったので、あんまり外飲みをしない
わたしであるが、ちょっと勇気をふるって
出かけた。
地下におりてドアをあけると、
お客はゼロ、わたしだけである。
店もマスターおひとり。
マスターとは、いちどお話しをしたことがあったので、
気安く話すことができた。
「このあいだの、カナやんのに来たんです」
「そうですか、9月の?」
「たぶん、そうだとおもいます。
ギブソンのハミングバードをもって来られたときです」
「ああ、そうですか」
と、マスターは微笑みながら、
「また、加奈崎さん見えますよ」
「そうですか、わたしは中学のころから
古井戸をよく聴いていましたから」
「わたしは兄がいましてね、五つ上なんで、
五つの赤い風船など聴いていました」
「あ、すこし上ですね。だから、西岡たかしさんの
マネージャーになられたのも?」
「そうです。よく聴いていましたから。
おまえ、スケジュール組んでくれとかたのまれて」
「まだ、歌われてますね。となりの女性は?」
「二代目の青木まり子さんです、こんど
うちでライブされますよ」
「そうですか。へぇ。じゃ、マスターは
どんな曲聴いていたんです?」
「血まみれの・・なんてね」
「あ、それ、中島みゆきさんもよく歌っていた
らしいですね」
「バックグラウンドですからね」
「瀬尾一三さんがついていますよね、いつも」
「ご主人ですからね」
「え。瀬尾さんってご主人だったんですか。
知らなかった」
「たぶん、籍もいれているとおもいますよ」
「そうなんですか。拓郎さんも瀬尾さんですよね」
「そうです、ずっとね」
「山田パンダってご存知?」
「はい」
「拓郎さんの作った『風の街』という歌があるんです」
「知ってますよ」
「あれ、石川鷹彦さんですよ。村上ポンタもいたし、
なにしろ、バックコーラスは、シュガーベイブ山下達郎です」
「むかしは、すごいひとが集まってましたね」
「瀬尾さんがコーラス譜めんどうだと、山下さん
呼ぶんだそうです。で、達郎さんがじぶんで譜面かいて、
現場に行ったそうです」
「ポンタさん、よくうちに来られますよ」
「え。あの有名なドラマーが?」
「ふらっとね」
「すごいなぁ。ぜんぜん話がちがいますが、
達郎さんの奥さん、ハーモニカうまいですね。
ラジオで、坂崎さんの番組、拓郎さんもいたんですが、
そこにまりあさん、来て、『どうしてこんなに悲しいんだろう』を
彼女、三人のパートの譜割りまでして、演奏したんですが、
そのときハーモニカ吹いてました」
「そうですよ、彼女はアリさん、松田幸一さんに
個人指導されていますから。アリさんはハーモニカ奏者じゃ、
日本一ですから」
「あ、そうなんだ、だから、あんなにうまかったのか。
知らなかった。ところで、
わたしは、中学三年生のとき、
拓郎世代で、そこでギター覚えたんです」
「わたしも同年代です。なんねん? あ、
じゃ、一年先輩だ」
「そーでしたか」
わたしは、カウンターの前で立っている初老の
男性をみて、このかたよりも、わたしのほうが、
よほど加齢しているのかと、おもった。
「泉谷しげるの登場なんて聴いてました。
でも、泉谷さんってギターチューニングおかしいですよね」
と、わたしが申し上げるとマスターは、微笑して、
「いいんです、泉谷さんはそれで。マーチンなんか
壊しちゃうんですからね。ライブで」
「叩いて?」
「いや、あんな弾き方していたら、
ぼろぼろになります」
「あ、そうなんですか、そういう壊し方なら、
ギブソンのほうが似合ってますね」
「そうです、そうですね」
「ハミングバードもドブもメイプルですから、
なかなか音がでなくてね。10年くらい経たないと
出ないらしいですね」
「それがいいっていうひともいますよ」
「マスターは、ギターとかやらないんですか」
「いやぁ、昔はすこしやりましたけれど、いまは」
「そうですか」
「わたしたちの聴いていたミュージシャンも
ほとんど70歳ですね」
「そう、拓郎さんはパニック障害になって、
電車も飛行機も乗れなくなっているんですね。
だから、コンサートは日帰りの車でできるところだけ」
「そうなんだ、コンサートで森下愛子さんは、
あ、今日は声が出ているなんておっしゃっていたそうです」
「そうですね。肺がんでしたから。
そういえば加川良さん、亡くなりましたね」
「え。あの『教訓』の?」
「はい、やはり癌です」
「そうですか、テレビ見なかったから知らなかった」
「りりィさんも去年かな。亡くなりましたね」
「知らない、ご病気?」
「やはり肺がんです」
「そーでしたか、わたし好きでした。
資生堂のCM、♪彼女はフレッシュジュース・・
なんてね」
「晩年は、歌手というより女優でしたね」
「そう、わたしは『イキガミ』で知ってました」
そのあたりで、マスターは、泉谷しげるのレコードを
かけはじめられた。
「ね。やっぱり、音あっていないよね」
と、わたしがもうしあげると、
マスターは、笑いながらうなずいていた。
しかし、あらためて泉谷さんの歌、聴いてみると、
けっこう音程が高いことにきづく。
「あ、高田蓮さんも来るんですね」
と、わたしはウッドストック・トウキョウの
パンフを見ながら言った。
「来ますよ、こんども。わたしね、高田渡さんと、
西岡さんといっしょにツアーで回っていたんですよ」
「へぇ」
「北海道に行ってね」
「それって、亡くなるまえ?」
「二週間前です。わたしと西岡さんが高田さんと
別れてから、渡さん、ひとりで回られたんです、
なんで亡くなられたかはわからないですが」
「たしか、たいそうな熱があったって」
「そうでした」
「高田さんっておもしろいですよね。じぶんの名前が
ギターに刻印されていると、質屋に入れないから困るだって」
「そうなんですよ。いつどこでお会いしても
いつもいっしょなんです。いやぁ、いい人でした」
「柄本 明さんなんて信奉してましたね。神だって」
わたしどもの話は、知る人ぞ知る、であって、
どこにもテクニカルタームを用いてはいないけれども、
きっとほとんど、「誰?」状態なのだろうが、
グッドストック・トウキョウのマスターとは、
ずいぶん話がはずんだのだ。
「お仕事は?」
「はい、駅向こうでラーメン屋を営んでおります」
「え、ほんとに」
「はい」
「わたしは、ミュージシャン、芸能関係の方かと
おもってました」
「いやいや、そんな」
わたしは、店のスープに火を入れるため、
グッドストック・トウキョウをあとにした。
この話を、電話のよく来る女性に話たのだが、
「よかったね、楽しそうで」と。
「でも、芸能関係のひとに見られた」
と、言ったら、彼女はひとこと、
「やくざっぽいからじゃない」だって。