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ひさしぶりに彼女と会って寿司屋に入る。
退院してまもない彼女は、
よけいに白さがめだち細かった
腕はさらに細くなっているようだった。


 彼女はたのんだ「こはだ」を飲み込むのにも
すこし苦労していた。
彼女からは快癒したと聞いていたが、
まだ病を引きずっているようにおもえた。
わたしたちは、ほんのすこし日本酒を飲みながら、
小半時をここで過ごした。

 彼女からの誘いはいつも葉書だった。
「草々」のあとの余白にさりげなく、
「何月何日、よかったらどう?」と、
いつもこんなふうな誘い方だった。


 わたしは、その葉書をもらったときは、
ほぼ毎回、彼女の誘いにおうじた。

 彼女は、聡明で話は楽しかった。
わたしはいつも聞き役で、うんうん、
うなずくだけだが、軽やかな会話にわたしは心地よさを感じていた。

 彼女がなぜわたしを誘うのか、
彼女がわたしをどうおもっているのか、
よくわからなかったが、わたしは、この間柄をこよなく愛した。


 その彼女がきゅうに病に倒れ、
音信不通の日々が続いた。が、例のごとく葉書がきて、
そこで、はじめて彼女が入院していたことを知り、
そして、また食事でもとあったので、
このよく来た寿司屋さんで再会したのである。

 

 それから、間をおかず彼女はまた入院した。
何日か経って、彼女から電話をもらった。
病院からである。

「ちょっと声が聞きたくて」

 その声は、いつもの明るい調子ではなく、
張りのない声だった。
病状はあまりよくなく、
少し話しただけでそれいじょうはつらそうだった。


 二、三日して、わたしはなんとなく気になって
彼女に電話をしてみた。

 なかなか出ない電話にいやな予感がした。
と、男の声が受話器のむこうから聞こえてきた。

「もしもし」
彼女の旦那さんだった。

「妻は、もう話せる状態ではありません」
旦那さんは、落ち着いた声でそう答えた。


「こんなわがままな妻とこれまでおつきあい
してくださってありがとうございます。
ところで、つかぬこと訊きますが、
あなた、この四月に妻と京都に行かれましたか」


 わたしは、ぎくりとした。

 もちろん、わたしには覚えのないことである。
すぐに、いいえ、と答えればよかったのだが、
あまりに唐突な質問に、わたしは戸惑ったのである。


 しばらくして、それはわたしではない、
ということを告げ、ぶしつけな電話を詫びて、
受話器をおいた。


 彼女は、いったいだれと京都に行ったのであろう。
そういえば、
「桜の名所はかずかずあるが、
京都の円山公園の桜にまさるものはない」
と言っていたことをおもいだした。

おそらく、人生の最期に、
その桜を見てみたいとそう彼女はおもったのだろう。


 わたしは、彼女がだれと行ったのか、
気にはなったが、それをわだかまりもなく受け容れていた。


 その人が逝ってしまって久しいが、
京都の花見のこと、
すこしくらい嫉妬したほうがよかったのかなど、
桜が咲くころ、おもいだすのである。