うちの店の斜め前が
高級ドライクリーニング、イワモトランドリーである。
どこが高級なのか、店は昭和初期まるだし。
客が入る場所といったら、ドブ板くらいの幅しかない。
仕事場はおそらく6畳くらい、その奥に、四畳半くらいの畳。
ここで、イワモトさんは奥さんと住んでいる。
もちろん、風呂もない。
ひとりお嬢さんもいたが、これが、また父親似で、
でかい。でかくて、なかなか嫁にゆかなかったのだが、
数年前にやっと、引き取り手が現れて、
いま、葛西のほうで農業をしている。
いつもランニングを着ているイメージだが、
酒は飲まない、飲むものはコーラだけだったが、
糖尿がひどくなってコーラもやめた。
軽自動車で取引先に洗濯物を取りに行っていたのだが、
駐車場の大家と喧嘩したらしく、
車を、毎日、路上に止めていたが、
ついに警察につかまって、
イワモトさん、車を捨てた。
だから、いまは新聞屋からもらった、
レトロな自転車で、お得意周りをしている。
「おい、その自転車貸してくれ」
ついこの間である、西小山のスーパーに行くのに、
じぶんの自転車が重すぎるので、
わたしの電動自転車を借りに来たのだ。
それから、それがずいぶん楽だったと見え、
しょっちゅう、わたしの自転車を乗り回すようになった。
ついでに、空気入れもわたしのを使っている。
夫婦仲はいいらしく、このあいだは、
夫婦ふたりで店を閉めて、どこぞに出かけようとしていたので、
「どこ行くんの」って訊いたら、
「ヤマダ電機行ってよ、マッサージあたってくんだよ」
ま、そうやって生きてきたのだろうな。
先日は、うちと取引をしている米屋の米を
10キロ分けたのだが、「安いなぁ」って喜んでいたが、
「あんまりうまくねぇな」ってしぶしぶ。
「そーかな、じゃ、うちで炊くから、味見してみ」って
翌日、うちの炊飯器で炊いた米をもっていったら、
すぐ、うちに来て、
「ぜんぜん、違うよ、べつもんだ、あれ、おれんちのは、
1万円くらいの炊飯器だからよ」
やはり、すこしいいのを買わないと。
九州男児で、恰幅もよかったが、やはり病気のせいか、
すっかり痩せてしまって、いま、町をあるくのも、
よろよろである。
「はい、200万円」
いまどき、こんなこというやついないよな。
「となりのエミよ、おれとあってもあいさつもしねぇんだ、
だからよ、おれは、あいつとあっても、なんにも言わねぇょ」
イワモトさんのことを、わたしは「海坊主」って呼んでいるが、
この海坊主は、お向かいのラーメン屋のおやじとも仲がわるいらしい。
うちの店のとなりもラーメン屋なのである。
そのラーメン屋のおやじに言わせると、
「洗濯屋と印刷屋は寿命がみじかいんだよ」って言ってた。
「え、でも、イワモトさんは長生きだよ、もう70だろ」
「んー、あいつはべつだ」
やはり、嫌いらしい。
わたしが、店を終えた3時ころ、海坊主が奥さんと
洗面器をもって立っていて、わたしを見て、笑っている。
「これからよ、ニューヨーク行くんだ、ニューヨーク」
いまどき、こんなこというやついないよな。