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雷王死ぬ

「雷王さん死んだよ」

そうカオリさんが言った。

 

夜中、駅前のコンビニでばったり

カオリさんにあって、彼女がそう言ったのだ。

 

やはり、大きな犬をつれていたから、

いつもの散歩なのだろう。

 

「いくつだったかな」

 

「うーん、50くらいかな」

 

「そう、まだわかいのに」

 

 雷王さんは、わたしの店のもうすこし奥のほうで

模型店をひらいていた。店名は、もちろん「雷王」である。

 

すこぶる腰のひくいひとで、また、やけに大食いであった。

 

いつも「はい」「はい」と言いつつ、

そして、いつも「大盛り」を平らげるひとだった。

 

カオリさんは、模型店「雷王」とならびの

グラビティという飲み屋の常連さんで、

そこで、カオリさんや雷王さんやわたしで

よくしゃべった。

 

 

よく食べるせいか、革製のベストはいつもはちきれそうだった。

 

が、亡くなったひとを悪く言うわけではないが、

モテるタイプではなく、生涯独身、

たしか母親を亡くしてからは、

一人暮らしをしていたとおもう。

 

 

雷王さんは「亡くなる」というより

やはり「死んだ」という言い方のほうが

かれには似合うような気がした。

 

しかし、そんな若さで亡くなるなんて、

さいきん会っていなかったが、

カオリさんが言うには、晩年は

ずいぶん痩せたみたいだから、

癌かなんかだったのではないかと。

 

 孤独死だったそうだ。

 

 

 ツイッターがあるというから、はじめて「雷王」を検索すると

「大島雷王」とある。

 

え。雷王って姓ではなく名前だったんだ。

わたしは、ずっと「ライオウさん、ライオウさん」って

呼んでいたが、それって、たとえば「郷」さんではなく、

「ひろみ」さん、「ひろみ」さんって言っていたのか、

と、亡くなってはじめて知るおどろきだった。

 

で、こんどは、まさかとおもいながらも、

「大島雷王」とネット検索してみる。

 

と、どうだ。ユーチューブで、大島雷王はでるわ、でるわ。

 

テレビで引っ張りだこ、「雷王模型店」とあるじゃないか。

 

わたしは、その番組をみると、

ずいぶんな尺で、雷王さんの自宅模型店が

映し出される。

 

そして、その模型の数ときたら。

 

レ・ミゼラブルの舞台で最後に

若者たちが大きくバリケードを舞台中央に

構えるけれど、それに準ずるくらいの模型の山である。

 

わたしは、じつは、それまで

雷王さんを、もうしわけないけれど、

それほど重要視していなかったが、

いや、いや、このひとはひょっとして

ものすごくレアで大切なひとだったのではないか、

すでに、亡くなってから

そう、おもうようになったのである。

 

 

 安岡章太郎に「サアカスの馬」という小品があるが、

あの「馬」も、じつはサーカスの

花形だったというオチだったが、

なんか、よく似たようなオチがわたしのなかに

宿ったようだ。

 

 

 そーか、ひとはみかけによらないものだ。

反省、反省。

 

 

街を歩いていたら、またカオリさんに会った。

もちろん犬を連れている。

 

「雷王さん、名前なんだね」

 

「そうよ、大島雷王」

 

「知らなかった」

 

「あら、そう」

 

「でさ、ユーチューブなんかで、

かれ、引っ張りだこじゃん。すごい有名なひとなんだね」

 

「あら、そうなの、知らなかったわ」

 

「うん、だから、かれ死んでも、

会いたければ、いつでも会えるよ」

 

と、彼女は言下にこう言った。

 

「うーん、べつにいいかな」