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添削

 ・つぐないはつぐなわぬまま目の前のいちまいの紙に印鑑をおす

 ・尾をゆらし頭をゆらしとりどりに祭囃子のなかの金魚ら

 こんな歌をつくったことがある。
こういうのを拙稿歌とけんそんして言うのだが、
なかなかいいんじゃないかと、じぶんではおもう。

 ・手榴弾は缶コーヒーでみずうみの海賊船のあかりめがけて

 きのう、短歌の友人のむすめさんと電話をした。
むすめさんと話すなんて
なかなか稀有な経験である。
 彼女は、いま中学一年生である。

「学校で短歌の宿題があるの」

「そう」

「でね、いい、言うよ、
ねむるときかえるの鳴き声いつもの声
こおろぎ入って夜の合唱」

 わたしは、この短歌ともいえないようなものを
メモしながら聞いていた。

「でね、これ友だちのなんだけれど」

(なんだ友だちのか)

「この『いつもの声』がおかしいかなって、
わたし直してあげたのね。
それが、これ、いい」

「はい、はい」

「ねむるときかえるの鳴き声日々の声こおろぎ
入って夜のソナチネ」

「ソナチネ?」

「そ、音楽の用語、ちいさな規模のソナタのこと」

「へー、よく知ってるね、でもさ、声と声とか、
いろいろ意味がかぶっているね」

「そう、わたしもそうおもったんだけれど、
ひとの作品だし、これでいいかなって」

「ふーん、で、さつきちゃんのはよ」

「わたしの、えっとね。
備忘録・インク・消しゴム・シャープペン・ちいさな文字で
お手紙ださなきゃ」


「え。なに、これ」

「短歌、学校に出すの」

「備忘録ってメモのことだよ」

「そう。だからね、メモに、インクとか消しゴムとか、
シャープペンは、シャーペンじゃないところが
いいところね。とか、小さな文字で書くわけ」

「お手紙出さなきゃ、も備忘録に書くの」

「そう」

「そうか、そういう意味だと、この歌、伝わらないな」

「いいの、学校に出すやつだから」

「いや、そうは言っても、読むひとが
わからなければね」

 と、わたしは、頭に手をあてくるくる一休さん。

「うーん、つまり、小さな文字で、メモすればいいんでしょ」

「そ」

「じゃ、こうしようか。
・『シャープペン・インク・消しゴム・お手紙出さなきゃ』われの備忘録

われの備忘録のところまでカギに入れたほうが
わかりやすいよ」

「あ、こっちのほうが格好いい」

「うーん、まだ意味が通じるかな」

「ちょっと待ってね、いま書くから」

と、わたしの言ったことをメモしているようだ。
それこそ備忘録である。

「あ、それからね、もうひとつあるの」

「はい、はい」

「おやつどきくもりがらすのむこうがわフィドルリリィ猫の鳴き声」

「え、なにフィドルリリィって」

「フランス語。不思議の国のアリスに出てくる言葉。
ばかばかしいというような意味。この言葉を
使いたくて作ったの」

「しかしさ、フィドルリリィと猫の鳴き声と
バラバラだよね」

「そうかな、わたしの気持ちもばかばかしいって
そういうことも含んでいるから」

「そうか、でも、短歌じゃ、そういうときは、
じぶんの気持ちは含まないように詠んだほうが
効果的なんだな。
気持ちを含んでいないようにみえて、
含んでいる、そういうのがいいんだな。

そしてさ、フィドルリリィな猫の鳴き声にしないと
意味が通じない。

でね、それより『フィドルリリィの猫の鳴き声』と『の』に
したほうが、よほど格好いいね」

「ふーん」

「でさ、なんで、おやつどきなの」

「うん、そのとき、ちょうど三時だったから」

「なあんだ、だからおやつどきか。この歌、
じぶんの気持ちがあんまりこもってないね」

「そうなの、わたしもそうおもってた」

「だから、この『おやつどき』のところに、
じぶんの気持ちをこめた五文字をいれるんだよ」

「どんな」

「んな、すぐにはわからないよ」

「そう」

わたしは、また、しばらくかんがえた。
あんまり直截的な感情の言葉もよろしくないし、
あるいは、枕詞をいれてもおかしい。
で、けっきょく、わたしが提案したのは、

「じゃ、さつきちゃん、こういうのはどうかな。

・こんなときくもりがらすのむこうがわ
フィドルリリィの猫の鳴き声」

「こんなとき」


「そう、なにが『こんなとき』かわかんないけれども、
そこは読者が想像すればいい。
『こんなとき』って言えば、なんか憂鬱な
気持ちが伝わるじゃない」

「ふーん、そんなもんかな」

さつきちゃんは、こっちには
あんまり共鳴していないようでもあった。

電話はここで切ったので、彼女が、
この添削した歌を備忘録に
おさめたかどうかはわからない。