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せんせいはたいへんだ

 教員の過剰労働について
昨今、ずいぶん騒がれているが、
時間的な労苦にくらべ、
精神的な圧迫のほうがはるかに問題なのだと
わたしはおもう。

 これは、仄聞したことだが、
ある高校の文化祭の途中、全校放送があり、
文化祭にもかかわらず、全生徒が体育館に
集めさせられた。
 生徒指導部の教諭が壇上から言う。
「このなかにうちの生徒でない者が三名いる。
さきほど一年生の男子三名が制服を脱がされ、
トイレで紐で結わかれていた。このなかに、
その制服を着た者がいる。いまなら大目に
見るので名乗りでなさい」

 体育館はざわつく。

 ある教諭が、じぶんのクラスの札付きのワルに
「お前の仲間じゃないのか」と言った。
「おれ、知らねぇょ」
「お前、ほんとに知らないのか」
「だから、知らねぇって言ってんだろ」
と、そのとき、むこうのほうで
「先生、見つかりました」
と、言う声。

「ほうら、おれじゃないって言ったろ。
おい、どうすんだ。謝れよ、おい、謝れ」
と、このとき、
「あ、ごめん、ごめん、いつも
おまえワルだから、ついうたがった、
これは、おれか悪かった」
なんて、こんなこと言える教員などほとんどレアである。

 この「謝れ」の一言にその教員は
文字通り黙り込んでしまった。

 館内は険悪なムードがただよったが、
とにかく話はこれでおしまい、
みな催し物会場に戻ったのだ。


すべて一件落着とおもったが、帰りがけ先生が車にもどったら、
タイヤ4本ともに穴があけられていたそうだ。

 その教員がぼそりと言ったのは、
「これ、あいつの仕業じゃないよな」


 わたしも、トイレでタバコを吸っている生徒を
捕まえて、生徒指導部に連れて行ったことが
あったが、そのときも、わたしの車に
ナイフでぐさりと傷をつけられていた。

 そのときのタイヤ、ヨコハマタイヤ、アドバンD
だったから、いまから25年前でも
取り替えるのに35000円した。


 わたしは、バレーボールの監督になって、
女子バレー部を見ていた時期がある。

 ひとことで言えば、女バレなど見るものではない。

 わたしは、家庭婦人のバレーボールのコーチを
25年くらいしていたので、バレーボールは
お手の物だったから、対人とかトスアップとか、
スリーメンなど、まあ、なんとかこなしたのだが、
彼女らは、
「イチコがこんなこと言ったぁ」と泣く。
「ヒトミがいじめる」と泣く。
「エリコがむかつく」と泣く。

 そこは、女の性のうずまく坩堝のような
ところであった。

 山口かおり(仮称)という生徒がいた。
上背もかなりあって、並ぶとわたしくらい、
力もあるから、打つスパイクは強烈だったが、
それにもまして性格がどうにもこうにも、
石狩川の蛇行のようにひんまがっていた。

 試合の二日前、六人しかいない
わがバレーボールチームは、ひとりでも欠けると、
ローテーションの練習ができないのだが、
かおりが無断で部活を休んだ。

 つまり、だいじなローテンション練習は
お預けとなる。

 翌日、何食わぬ顔で彼女がやってきて、
わたしが、ブリーフィングする前に、
かおりは片手をあげながら
「先生、今日はローテーションの練習してください」
と低い声で言った。
「・・・あのな、きのう、お前がいないから、
ローテーションの練習ができなかったんだろ、
まず、おれが話をするからお前は黙っていろ。
わかったか」
と、かおりはむすっとした顔で返事をしない。
「わかったのか」
むすっとしている。
「おい、返事しろ」
「いま、黙っていろって言われました」


 一事が万事、こんな具合である。
で、困ったことに、試合の前日の夜、
部長のエリコから、かおりが明日の試合にはでないと言っている、
とメールがきた。

ずいぶん夜遅くの話だ。

だから、わたしは、かおりにメールした。
そのころはラインなどない時代である。


「なぜ来ない?」

「負けるから」

「勝ち負けの問題ではない、おまえが来なければ
試合放棄になるだろ。みんなに迷惑かかるじゃないか」

「行きたくない」

と、こんなやりとりは、おそらく20回くらい
したとおもう。しかし、かおりは「行きます」とは
言わなかった。

しかし、当日、試合会場にかおりは来ていた。

わたしはほっとしたものの、
「今日、朝飯、食べてないものいるか」
とみんなの前で訊いたところ、
「はい」と手を挙げたのは
かおりひとりだった。

 ほとほといやになったが、わたしは、すぐさま、
コンビに行って、おにぎり二個と飲み物を買ってきた。

 「ほれ、560円な」
と、かおりにその袋をわたすと、
「ありがとうございます」でも、
「すみません」でもない、
かおりはひとこと。

「高!」

 一事が万事こんな感じである。


 で、そのあと、かおりの母親が校長室にやってきて、
どうも、わたしがセクハラメールを送った、
ということに仕立てられたらしく、
すぐそのあと、わたしは校長室に呼ばれ、
バレー部を解任された。

 わたしの事情聴取はゼロであった。

 セクハラメールであることは、わたしが
その学校を辞めるときにはじめて聞かされたことで、
わたしにはいっさい知らされていないことだった。

 かおりとのメールのやりとりは
それが最初で最後だから、「なんで来ない」が
セクハラになったのだろう。

 かおりもひどいが、校長も人非人だとおもった。

 だいたい、教員というものは、生徒や親の言うことを
100パーセント信じ、当事者の教員からは
なにひとつ事情も聞かず、生徒は悪くない、
悪いのはお前だ、という考量で動くものなのである。
とくに、わたしの勤めていた学校はそうであった。

 そこの現理事長など、食道業者に年二回
ゴルフ接待をさせ、手ぶらで来るものだから、
業者はまず、ゴルフセットを一式購入し、
二泊三日でゴルフ場に行き、すべて接待。

そして、理事長は、そのいちど使ったゴルフセットを
三木ゴルフなどに売るらしい。

そういう腐った学校には、腐ったものがあつまる、
ということなのではないだろうか。

つまるところ、時間超過など問題に
なんかなる世界ではないのだ。

 

・佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子おらず

これは小池光先生の歌だが、同業者として
御意でござる、というところだ。


 いま、わたしは教員を辞めているから、
もうどうでもいいけれども、小池さんではないが、
いまでも切実にかおりには「はよ死ね」とおもっている。

 しかし、わたしを、なにも訊かずにクビにした
校長はとうのむかしに大腸がんで他界している。