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店舗案内

お国は?

 閉店まぎわに入店されたのは、
警備員風の男性だった。

 

 土焼けした顔に口髭をたくわえ、
鼻筋がとおり、眼光するどく、
わたしは、アラブ系のひとが
日本に来て仕事をしているのだとおもった。

 

 ほんとうに、外国人が日本にきて
働くのをよく見るようになった。

 

 四川屋台も、ほとんど従業員は、
ネパールか中国。

 

 水道工事の交通整理の警備員もほとんど
外国人である。

 

 

 そういえば、
 いま、学生さんなんかに、
「お国はどちらですか」なんて訊くと、
怪訝なようすで「日本です」って答えるひとが
けっこういる。

 

 

 いま、「お国」と言えば、国籍を指すのだと
わたしは、そのとき理解した。
わたしどもの、昔は「お国」と言えば、
埼玉です、とか長野ですって答えたものなのに、
時代はかわるものだと、つくづくおもったのだ。

 

 


 アラブ系のかれは、
真剣に券売機をみている。
字が読めないのだろうか。

 

 けっきょく、かれは、普通盛り、麺1.5玉と
「限定品、タコス100円」を買った。

 

 そしてわたしに「これライス?」と
片言でわたしに訊くのだ。

 

 タコスとライスではまったくちがうが、
(「ス」だけは合っている)
値段がいっしょなので、
「これで、ライスをお出しすればいいんですね」
と、もうしあげると、
かれはうなずいた。

 

 と、麺ができあがるのを待っていたかれが、
わたしにまた訊いてきた。

 「麺、量オオイ?」

 「うーん、大丈夫だとおもいます」
と、かれは、わかったのか、わからないのか、
なにかぼーっとしている。
だから、わたしは、

「No problem!」と言って
親指をあげた。

 

 

 アラブ人でも、No problemくらいはわかるだろう。
と、かれは、うんとうなずいた。

 

 

 麺が出来上がり、ご飯もお出しする。

 しばらくして、店の終わる時間だから
「営業中」を「準備中」にひっくり返しに行くと、
かれがこっちを見るので、
ちょっと話かけてみた。

「どうですか、食べられます?」

と、かれは「ハイ」と。

「コッチ頼メバ、ライスツイタ?」と
彼が訊いた。

 

「家風らーめん」という、うちの
新しいメニューで、家系の真似っこのラーメン、
だから、ライスをつけている。

 

「はい、こちらだと、その麺のような
細麺ではなくなりますが」

「ソウ、コッチがイイ」

「ところで、お客さん、お国はどちらですか?」
わたしは、ずけずけと訊いてみた。

「アムリー」

「・・はい、どこです?」

「アムリ―」

「あむり?」


わたしの脳裏には世界地図がでできて、
「インド」からはじまり「ネパール」、
「パキスタン」「ウズベキスタン」
「・・スタン」あたりまでは、なんとなく
どこにあるかわかるが、「アムリ―」なんて国
聞いたことがない。ひょっとするとアフリカか。

 

と、またかれが言う。
「アムリ―」

(あむりーね。さっぱりわからない)
で、わからないままではなんなんで、
また、
「え、どの辺ですか?」
と、わたしが訊くと、

 

「アオモリー」と
こんどは、さっきよりゆっくりとわたしに
答えてくれた。

 

「アオモリ?・・・あおもり?」

「え! 青森! 日本じゃん」

かれは、東北弁のまんまなので、
「アオモリ」が「アムリ」になって
聴こえていたのだ。

 


 なんだ、あんた、日本人なんじゃん。
ただ、字を読むのが苦手な東北人だったんだ。

 


「へー、青森から働きに来てるんですか」
と、わたしが訊くと、かれはしずかにうなずいた。

 

 そして、「オイシカッタ」と言い残して、
青森県人は店を出ていった。

 


 しかし、ひとは見かけで判断してはならない、
と、『韓非子』の説林下篇にも出ているが、
まことなるかなこのことであった。

 うん、反省、反省。

 しかし、まてよ。

 

おれは、かれに、「No problem」とか
言ってしまったが、ほんとに伝わっていたのだろうか。