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短歌のはなし、あれこれ 2

・泣けてくる夜は《あぢろん》思ひ出のグラスにそそぎ香にゑふばかり

 

チェスタートンというひとは「絵画の本質は額縁にあり」といいました。

横長の額縁では麒麟は描けない、ということです。

もっと敷衍していえば、定型のなかにも創造はある、と

言うことになります。

 

この作品は、まず額縁をこさえました。

「泣けてくる夜」です。

 

 

すでに、認識がさだまっています。

 

だから、このあとになにを描こうが、詠もうが

読者には発見はありません。

 

どんなに筆の立つ名人でもすでに道筋はきまってますから、

そこに、衝突もおどろきも見出せません。

 

それがこの作品のウィークです。

 

「あじろん」は山梨のワインです。新種らしい。

 

「泣けてくる」ではじまり「ばかり」でおわる。

これもおんなじ温度です。

 

なにか衝突させたほうがいいのでは、とわたしはおもいます。

 

閑けさや磐にしみいる蟬のこゑ

 

「閑けさ」と「蟬のこゑ」、なんたる衝突でしょう。

静と動にもかんじます。

 

やはり文学では、このような構図がほしいのではないかと。

 

さて、ではこんなのはいかが。

 

・ひだまりのなかにうまれる赤ワイン思ひ出つのれば涙しらずに

 

何言ってるか、わかんなくなったかな。

しかし「泣けてくる夜は《あぢろん》思ひ出のグラスにそそぎ」だと

たしかに、新種のワインを道具にしているのですが、

道具にたいするコノタシオン(含意)がうすいのです。

ソシュールの術語を借りれば、

シニフィエ領域が浅い、というわけです。

道具立ては、むつかしいですね。

 

 

 

では、つぎ。

 

・はじめてのやうにあなたを追ふまなこ だうにもならざる思ひ揺れをり

 

これも、どこに焦点があるのか、「思ひ」なのか「まなこ」か。

 

ちなみに「まなこ」は作者の眼でしょうか。「まなこ」とか

「瞳」とか語るときは、対象が外部にないとならないわけで、

じぶんでじぶんの眼を「まなこ」というか、再考の余地はありそうです。

 

さて、この歌の道具ですが、やはり「まなこ」なんでしょうか。

わかりかねます。

 

たくさんの模様があるワンポイントのあるシャツだと、

アーノルドパーマーもジャックニコラスも、はっきりしません。

 

濃紺のシャツにぶちっとゴールデンベアがあるから目立つんですね。

 

この歌は、たくさんの模様のなかに「まなこ」が配されています。

 

かつ、上の句と下の句とおんなじことを重ねて詠んでいます。

 

高野公彦の「合わせ鏡」の手法にちかいわけです。

 

おそらく、上の句が下の句に配置されたほうが

歌はよくなるとおもいます。

 

そして、この下の句のあいまいさは、読者に想像の余地がありません。

もうすこし、じぶんを見つめて、「だうにもならざる思ひ揺れをり」を

メタファ―をつかっても、心象風景を詠んでもいいので、

作り直し、このくだりを上の句にもってゆかれると

いいのではないかとぞんじます。

 

ですから、わたしはこの作品には手がだせません。

 

材料としてはとてもよいので、「だうにもならざる思ひ」とは

なんなのか、この奥になにがあるのか、

そこを吟味し、苦吟し、ひねりだす。

 

だから、もったいない歌なんですよ。