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店舗案内

11月2日のこと 少し前の話です

 知り合いのジャズのボーカリストから、
「フォークギターのライブハウスがあるけど、
大岡山ってあるから、近所じゃないの」と、
教わってから、それならと見てみようということで、
駅向こうの、その店らしきところに出向いてみた。

 

 それがこのものがたりのはじまりである。

 

 フォークギターのライブハウスなど、
さいきんお目にかかったことがない。

 渋谷のジァン・ジァンのファイナルコンサートで
加奈崎芳太郎さんを聴いた以来である。
あれが西暦2000年だったから、
すでに17年が経っている。

 

 

 加奈崎さんは、古井戸のボーカリストだったが、
古井戸解散のあとは、ひとりで活動されている。

 

 グッドストック・トウキョウは
コンクリート打ちっぱなしのような
しゃれたビルの地下にあった。

 

 

 入り口には、パンフレットが置かれていて、
自由に取ってよいらしい。

 そこに、オールバックのすこしふくよかな方が
立っていらしたので、パンフレットを取りながら、
話しかけてみた。

 

 元来、わたしはひとに話しかけたり、
とくに知らない方と話したりするのは、
そんなに得意なほうではないのだが、
その方には、さいしょから親近感があった。

「こんど、いらしてくださいよ」
と、その方はきさくに声をかけてくださった。

 

 わたしは、「はい」と返事をしながら、
そのパンフレットを見たら、カナやんがいるではないか。

あの古井戸のボーカリストの加奈崎芳太郎である。

「カナやん、ここでやるんですか」

「ええ、そうです。いま諏訪だったかな、お住まいで」

 グッドストック・トウキョウのマスターらしきひとは、
ごくしぜんにやわらかい声で、こともなげに答えられた。

 

 わたしは、吉田拓郎や泉谷しげる、かぐや姫、
竜と薫で育ったのだが、その中でも、古井戸の
影響がつよかった。うちの妻も古井戸のファンで、
よくふたりで聴いたものだった。

 

 その雲の上のようなひとが、ここ大岡山で
ライブをするという、これは、万障繰り合わせの上、
行かなくてはならないとおもった。
 と、同時に、このとき、
この街に「とんでもないスペース」が作られた、
という感慨におそわれた。

 むつかしくいうと「位相空間」ということである。

 この「位相空間」を立ち上げたひとこそ、
新見知明氏である。

 

 

 土曜日の夜の仕事を休んで、カナやんの
コンサートを聴いてから、わたしはちょくちょく
グッドストック・トウキョウにおじゃますることになる。

 

 オープン・マイクといって、ど素人が
ステージにあがることが許される日にも
D28を抱えて出かけた。

 へたくそなくせに、とおもいつつ。

 

 

 昨夜は、青木まり子さんのオン・ステージが
あると聞いて、これもぜひとも行きたいとおもい、
五時四十分まで、埼玉県にいたのだが、
いざ鎌倉、グッドストック・トウキョウに馳せ参じた。

 

 わたしが店についたときは、すでに
青木さんは三曲目に移られていた。

 

 青木まり子さんといえば、五つの赤い風船の
ボーカリスト。山本潤子さんと肩を並べる
日本屈指の歌い手であるとわたしはおもっている。

 

 じっさい、山本潤子さんとのデュエットは
ユーチューブで拝見しただけだが、すばらしいものだった。

 

 まり子さんは、けっして口を大きくあけて、
唄われることもなく、それでいて、高音はどこまでも、
澄んでよくのびる。ピッチもひとつも狂わないので、
目をつぶってうっとりする。あの高音の延びは、
どこか、加藤登紀子を彷彿させるのだが、
それは、わたしだけの感想かもしれない。
 ほんのすこしだが、ハスキーな音が
加わって、しっとりとした二時間であった。

 

 コンサートがおわって、観客のほとんどの方が、
店をあとにしたのだが、新見さんの
「もうすこし飲んでいってくださいよ」という声に
甘えて、わたしはワインをもらう。

 

 ステージ衣装から私服に着替えられた
まり子さんも、白ワインを手に、
こっちに座りましょうと、
テーブル席に着いたので、ちゃっかりわたしも
対面にすわる。

 

 ベースの谷さんも、ピアノの「ともちん」も座る。

 

 なにしろ、わたしにとっては、
雲の上のひとたちばかりなのだが、
臆面もなく、まり子さんへのロングインタビューがはじまる。

 

「あのギターは、28ですか」

 

「そう、中川五郎さんがこれがいいっていうから、
それにしたの」

 

「エリッククラプトンモデルですか」

 

「その前のね。ねぇ、ちょっと席かわってくれる」
と、まり子さんは、谷さんと「ともちん」が
斜めに座っているので、わたしとの会話が
交錯するというので、わざわざわたしの
正面に座りなおされる。

 

「トリプル・オーですか」

「そう、トリプルオーの28です」

「じゃ、高かったでしょうね、60くらい?」

「うん、もうちょっと上、でも、プロということで、
すこし負けてもらったの」

正面に座りなおされたまり子さんに
わかったような、わからないような、
弦はなにを使っているのか、とか、
山本潤子さんとの交流の話とか、
高円宮の話とか、娘さんのこととか、
年齢がどうのこうの、宮川泰さんに歌い方を褒められた話とか、
終電がなくなるくらいまで、
わたしたちは、グッドストック・トウキョウの
夜を過ごしたのだった。

 

 

このテーブルには、つまり、まり子さん、
ベースの谷さん、そのお弟子さん、そして「ともちん」
というピアニストと、なんでもないど素人のわたし
という夢のような現実をわたしは経験した。

 

 

 最後は、4の4で1ならいいけれど、
2や3になるとけっこうつらいんでね、
なんていう谷さんのテクニカルタームには
ついてゆけなかったのだが。