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立ち話

「今日、放射線おわったよ」
と、佐藤さんはそろそろとわたしの
ところにやってきて、
すこし苦笑いした。

「もう、いいんですか」

「うん、あとは通院だけ」

「ふーん、わりに早かったですね。
よかったね、無事すんで」

「そう、でも、なんかまだたまにふらふらするけどね」
と、佐藤さんは、野球帽を取って、
ぐるっとした傷口をわたしにみせた。

「放射線当てると、気持ちわるくないですか」

「慣れたよ」
と、佐藤さんはかるく笑った。

佐藤さんとは、近所付き合いというほどの
間柄でもないのだが、退院されてから
かれは、わたしと会うとよく話しかけにきた。

というより、会うひと、会うひとに
かれは話しかけているようだ。

それは、大病がそうかれにさせているのだと
おもった。

そこへ、事務所から理事長がたばこを
くゆらせながら出てきた。

「おぅ」

いつもの軽い口調。

「いや、放射線治療、今日おわったよ」
佐藤さんは、おんなじことを理事長に言った。

「お、そう」

 理事長は、わたしよりすこし歳若で
みんなをまとめるとか、気遣うとか、
そういうことの苦手なタイプで、
じぶんが目立てば、なによりだという人物である。

だから、佐藤さんの病気にしても
「お、そう」と、微笑する程度なのだ。

「にしても、よく生き残りましたね。
ふつうは、お陀仏ですよ」
と、わたしは憎まれ口をたたいた。

理事長は、かるく笑っている。

「もう、いいんですか、病院は」
と、わたしが訊きなおした。

「うん、月に一遍、通院するだけ」

「ほんとうに運がよかったんですね」

理事長は、
わたしたちの会話を聴くでもなく、
その話に加わるのでもなく、
フィルターのところまで短くなった
たばこをつまみながら、、
うなずくように笑っている。


三人の立ち話は、
ご自身の病気で精一杯のひとと、
ひとの話にはどうでもいいひとと、
なにかブログのネタはないものかとおもっているわたしで
なんの実りのないまま終わった。


 ただ、その三人の姿で気づいたのは、
三人ともポケットに手をいれながら
しゃべっていることだった。