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忙しい

 商店街理事長がスクーターに乗って

やってきた。

ノーヘルにくわえタバコである。

 

 わたしの前を通り過ぎ、

「おっし」

かれは、いつもそういう。

 

 うちのとなりが事務所になっていて、

毎日、かれは事務所にくる。

 

 じぶんの仕事もあるだろうに、

毎日、かかさず事務所にくる。

 

 わたしの前にバイクを置くから、

「よ。メットしろよ」って言うと、

苦笑いしながら「濡れてんだよ」と言った。

 

気のいいひとである。

小学校のいくつか後輩でもある。

 

「あなたは、商店街の顔なんだから、

ちゃんとしないと」と申し上げると、

「あなたには負けるよ」と言われた。

 

これは勝ち負けのもんだいではないが、

やはり理事長たるもの、

率先垂範、見本とならねばならない。

 

かれは、わたしのPTA会長の前任者で、

いまは顧問でもある。だから人望もあるはずだ。

 

そういえば、わたしがPTA会長をつとめていたとき

となりの学校の会長が、

「いやあ、会長になってから

立小便もできないよ」と嘆いていたが、

「あんた、それまでは立小便してたのかい」って

訊きたくなったが、やめといた。

 

 ま、とにかく、商店街理事長というものは、

やはり、お手本であってほしいわけだ。

 

 大田区は歩行禁煙である。

 

それもまもらねばなないだろう。

くわえタバコのスクーターはいかがなものか。

 

こういうのをノブレスオブリュージュという。

社会的責務というやつだ。

 多少の地位についたものが守らねばならない、

道徳律である。

 

 以前、同窓会の初代会長は、

かれには任せられないとぼそっと言っていたのを

おもいだすのであるが、

しかし、理事長たるもの、どうも激務らしい。

それは気の毒である。

 

いつも「忙しい、忙しい」とぼやいている。

が、わたしはきっといいことがあるにちがいないと、

にらんでいる。それも、金銭にかかわることで、

なにかおいしいおもいがあるのじゃないか、

と邪推するのだが、なにせ証拠もなければ、

確証もない。わからない。

 

 「これは、みんな『しま坂』さんたちのために

していることなんですよ」と、かれは言う。

 

 ありがたいお言葉である。

 

 きっと、ほんとうに忙しいのだろう、

なぜなら、『しま坂』さんのためと言いながら、

16年間いちども、うちの店に来店したことが

ないのだから。