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勝ち負けではない

「あのぅ、自転車みつかったんで、報告にきました」

 

「あ、そうですか。ごくろうさまです。

では、被害届の解除の書類をつくりますから、

ま、ここにおかけください」

 

「はい」

 

「えっと、では、この書面に

ご自身でお書きください」

 

「あれ、これわたしが書くんですか」

 

「はい」

 

「被害届のときはおまわりさんが全部書いて

くださいましたが」

 

「これは、ご自身で書いていただくものです。

まず、田園調布警察署長殿、と書いてください」

 

「あ、はい」

 

「それから警視、署長の名前ね」

 

「は、はい」

 

「それから、あなたの名前と住所」

 

「はい、はい」

 

 

「では、つぎにどこでどう見つかったのか、

なるべくくわしい状況をここにお書きください」

 

「うーん、ここですか。えっと、どんなだっけな」

 

「あ、わかる範囲でけっこうですから」

 

「はい、店の先にいったら放置してあって・・。

まぁ、こんな感じです」

 

「そうですか、それでは最後に、

ここに指紋を押してください」

 

「指紋ですか」

 

「そうです」

 

「犯人じゃないんで、指紋はなるべく遠慮したいんですが、

あ、印鑑ならありますけれども」

 

「印鑑でもかまいません」

 

「でも、これ銀行印なんで、複雑なんですね。

これでもかまいませんか」

 

「ちょっと拝見します。あ、これ読めませんね、

やはり指紋にしてもらえますか」

 

「指紋だって読めないじゃないですか」

 

「指紋は照合すればわかりますから」

 

「この印鑑だって照合すればわかるじゃないですか。

もってこいと言うならいつでも持ってきますから」

 

「うーん」

 

「わかりました。わかりました。裁量権はあなたに

あるんですから、あなたが指紋にしろと命令を

くだせばわたしは言うとおりにしますから、

命令してください」

 

「うーん、ちょっとまってください」

 

と、言って警官は奥のほうにひっこんで行き、

なにやら本部に電話をしているようだった。

 

「印鑑が、読めない、指紋が」

 

きれぎれの声が奥のほうからする。

と、警官はもどってきて、

「この印鑑でけっこうです」

と、言った。

 

 

 

勝った。