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わたしは違います

 テリー小林の話をしよう。

 かれは、いま陸前高田の
トレーラーハウスに住んでいる。


住むところがないからである。

 仕事もほとんどなく、
震災のボランティアをしながら、
行政から与えられたトレーラーハウスが、
かれのねぐらということだ。


 もともとは、素敵なベーシストだった。

金がないから、ちかくの学校に行って
廃棄同然のウッドベースをもらってきて、
それを修繕し、弦を張り替えジャズバーで弾いていた。

ベースの弦はかなり高価なはずだが、
どこで仕入れてきたのかは、わからない。


 わたしの友人がかれとあったのは、
そのジャズバーのカウンターの上で
テリーがごろんと寝ているときだった。


シートで寝るひとはいるかもしれないが、
カウンターで寝るひとは稀有である。


 「だれなの」と、彼女がきくと、
「ん。コバだよ。知らないの?」

と、マスターのジョンが応える。

「知らないな」



 小林輝男が本名だ。
だから、じぶんでテリー小林と言っている。


 テリーは飲んだくれである。


 大学は帯広畜産大学。
獣医の免許ももっている。


 兄の設計事務所ではたらいて、
設計士の資格もある。


 しかし、酒と女で、人生をゼロにした男だ。


 北海道での学生時代。

 飲んでそのまま表に出て、
気持ちいいとばかり路上で寝てしまった。


 帯広の冬の話である。


 雪がしんしんと降り、
テリーは雪に埋もれた。


 犬をつれた老人が、ひとが埋まっているのに
気づき、助けてくれたそうである。


 犬がひとの臭いを嗅ぎ分けたのである。

 この老人がいなければ、
テリーの話はここでおわる。


 凍死したバカということで。


 しかし、テリー小林は不死身だった。


 北海道から、流れ着いて、
かれは、東北のあるジャズバーにいりびたる。


その間に、かれは、三回結婚して三回離婚している。


 とにかく、モテるらしい。


 金がないくせに、やさしいし、
行動もハチャメチャなところが、
ぎゃくに、女には、ほうっておけない人物と
なっていたのかもしれない。


 奥さんがいるくせに、
女であれば、おかまいなしに関係をむすぶのだ。

 それも、かれのそばにいる彼女は
みな美人なのだそうだ。


 せっかく、獣医の免許もあるのに、
設計士の資格もあるのに、
その能力をまったく発揮せず、
ただ、酒と女と音楽で明け暮らした。

にんげんの能力には、それぞれ差があるが、
潜在的能力以下の行動をとっているのを
アンダーアチーバというが、
かれは、典型的なアンダーアチーバな人物である。



 けっきょく、マスターのジョンの 
奥さんにも手をつけてしまい、
テリー小林は、この街から追い出されることになる。


 ジョンも奥さんとは縁をきり、
いまでも、マスターはひとりで暮らしているという。


ジョンのバーも閉店し、
そこにあつまっていた仲間もばらばらとなった。


 たまに、その仲間があつまるそうだが、
そこには、テリー小林はいない。


 みな、かれを忌避しているからだ。


 かれのそばには、いまでも、
きっと美人がいるかもしれないが、
トレーラーハウス暮らしでは、
それもままならぬかもしれない。


 わたしは、この話を
ある飲み屋で、日本酒をちびちびやりながら
聞いていたのだが、
帰りがけ、彼女はこう付け加えた。

「あなたも、おんなじ臭いがするわよ」