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アウチ君

むかし、弓道部のキャプテンに

「アウチ」君という男がいた。


美少年である。おまけに色白で。

そしてキャプテンやるだけの「器量」があって、
応対はしっかりしているし、

ことばつがいもすこぶる丁寧だ。

 わたしたちは車に乗り、

彼が「うまい」と推奨するラーメン屋に

出かけたことがあった。

 


 むかしは、生徒と飯食いに行ってもなんの

問題もなかったのだ。

 



十日市場というひなびた町にある

ちゃんぽん屋に行く。そのときのはなしである。



 桜がすっかり緑の葉になっているころだった。

 車内で、「アウチ」が唐突に
「せんせい、ぼく、いま井上靖、読んでるんです」


「ふーん」


「『敦煌』読んでいるんです」


「へぇー」


「あれ、おもしろいです。

せんせいは、もうお読みになられましたか」


「いや、まだ、読んでないよ。

だいたいおれは小説ってあんまり読まないんだ」

「そーですか。せんせいもお読みになられるといいですよ、

わたしは、まだ、3ページくらいなんですが」

 


「え。3ページ!?」

 


「はい。よく『ウサギにツノ』って出てくるんですよ」


・・・


「それ、お前さ、『兎に角(とにかく)』って読むんだよ」


「あ、そーですか。むつかしい字は飛ばしているんです」

 


 古きよき時代だ。

もう「アウチ」君も立派な父親になっていることだろう。


彼に子どもがいたら、

そりゃとっても心配である