一流選手は怪我をしないというが、
二流の料理人は、しょっちゅう怪我をする。
きょうは、つけ麺を運んでいるとき、
溝にのっかっているステンレスの板を踏み外し、
そのまま転倒、そのステンレスの板の端っこが
わたしの足のすねに直撃、だらだらと流血した。
もちろん、つけ麺は放り出され、
お客様を待たせるはめとなった。
血はひとすじの流れとなってくるぶしをまわり、
そのままクロックスにおちていった。
ひさしぶりに見るわたしの悲惨な光景に
わりに傷とか、病気とかに冷酷な妻なのだが、
いささか心配しているようであった。
昼すぎだったので、病院はしまっている。
そこで、がまんしてそのまま働き、
三時になって近所の整形外科にいく。
「ははぁ、こういう傷は縫いません。
そのままにして傷をなおしてゆくんです」
「せんせい、このルゴールみたいなのはなんですか」
「医療用のルゴールです。
下水などでの怪我ですが、
こういう傷で心配なのが、
ガス壊疽菌と破傷風菌です。
ガス壊疽になりますと、
二三日で、すうっと腫れて、このへんまで膨らみます。
このへんを押すとプクプクしますので、
すぐわかります。
そうなったら、荏原病院に行ってください。
だいたいは切断ですね」
「切るんですか」
「はい、そうでないと、その菌が体中をまわりますから。
破傷風になりますと、四五日で口があかなくなります。
それが破傷風の特徴です。
そのときも荏原病院に行ってください。
三人にひとりは死にます」
「わたし、破傷風の免疫注射、子供のころに打ってますが」
「ははぁ、それはもう免疫、切れてます。
ま、東京じゃあんまり
発症しませんが、
心配なら、駅のむこうに沼部クリニックがあります。
あそこに破傷風の予防注射ありますので、
打っておかれると安心です。
うちでは、こういう患者さんあまりいないので、
うちには用意がありませんので」
名医なんだか、正直なんだか、
臆病なわけではないわたしだが、
なんか、背筋にさむいものを感じながら医院をあとにした。
しかし、転んでもどんぶりは割らなかったので、
二流といいながらも、
そのへんはしっかりしていたじゃなぃか。