墓穴をほった話 その2
この話に出てくる名前はすべて仮名である。
わたしがまだ高校の先生だったころ。
夏休みになると三者面談という、
すこぶるメンドーなものをしなくてはならなかった。
教員でもっともメンドーなのは、
試験監督、それから、採点、それから面談である。
おしゃべり好きの議論ぎらいといわれる日本人だが、
おしゃべりと、三者面談とはやはりちがう。
それも、むこうは15分程度なのだが、わたしは、ひとり、
だいたい一日、5組から6組、ものすごく疲弊するのだ。
ただ、むかしは、中元・歳暮なんてものは、
あたりまえで、理科の田中なんかは、面談のおわったたんびに、
ビール券の束をみせびらかしていた。
神奈川の田舎だったから、
畑でとれた、トマトとかその他の野菜をもってきてくれる親もいた。
ただし、エアコンなどないものだから、
とにかく暑かった。
面談日の何日目かはわすれたが、
櫻井君ちがやってきた。
とっぽい男で、中学のころからタバコで指導を受けていたやつだ。
なにを話したか、だいたいわたしはテキトーに話す。
ただ、面談をした、という事実さえあればいいのだ。
やはり、数十分話したろう、と、櫻井君の母が、
手提げのなかから、ごそごそ取り出している。
「せんせい、すみません、遅くなりまして」
と、母親。
「いえ、そんな、いいんです、お気をつかわなくて」
は、わたしの常套句。
「ほんとすみません」
と、言いながら、櫻井君の母は、机のうえに茶色の紙袋を出してきた。
「いやいや、おかまいなく」
と、わたしが手で制止する格好をしながら、
その紙袋をのぞいたら、
それは、ビール券でも、野菜でも、高級な菓子でもなかった。
ぞうきんが三枚。
「すみません、春にもってゆかなくてはいけなかったんですが」
「・・・・」
おれは、春のはじめに家庭からぞうきんをもってくることを
たしかに頼んでいたのだが、
このタイミングでもってくるとは。
わたしは、櫻井君ちのぞうきんを丁重にお断りしていたのである。