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店舗案内

酒のはなしあれこれ

買い物がすきなせいか、
あるいは酒がすきなのか、
 酒屋に行くのがたのしい。

 雪が谷大塚という鄙びた街に、
なかなか種類のそろった酒屋さんがあって、
買うならそこにしている。

 ナナコの母にその話をしたら、
ついてくるという。

 ナナコの母も買い物がすきなせいか、
酒好きか、あるいは財布はわたしなので、
そのせいが大きいのだろう。

 お前、このあいだ買った日本酒もうないのか。

 ないわよ、あんなの。もうずいぶん前でしょ。


 ほんとかよ。ついこの間じゃないか。

 と、おもうが、それいじょう言うと大喧嘩になるので、
口をとざした。わたしは、彼女が、あぐらをかきながら、
湯飲み茶碗で日本酒を飲んでいるところを想像するのだが、
そんなことを、言ったら、これまたたいへんなことになる。

 店は昼でもほの暗く、いかにも酒屋さんという
オーラがただよっている。

 一升瓶が、堂々とした佇まいでずらりと並んでいる。

 わたしは若い店主に訊いていつも一本を買うことにしている。


 「四季桜の花宝はないんですよね」

 「はい、うちは四季桜やっていないんです」

 「得月は、よく飲むんですが、あんな高いのではなく、
ああいったフルーティなのがいいんですが」


 得月という酒は朝日酒造、つまり久保田を作っている酒造メーカーである。
久保田というのは、杜氏さんの名前。新潟には久保田さんが多いそうだ。

 で、その朝日酒造のフラッグシップが得月である。
萬寿とか千寿とか言っているのは序の口。


 ちなみに、四季桜の花宝は、一年に一樽しか作らない、
これも四季桜のフラッグシップたる酒である。

 四合瓶でだいたい4千円。

 得月も、それよりすこし高い。


 で、店主が出してくれたのたが、上喜元。
山形県酒田の酒である。

 よく日本酒となると、どこの酒、と聞く人がいるが、
地域を訊いてどうなるんだろうっていつもおもう。

 やはり、味のわかるひとは、山形の地を
目をつむりながら想像して飲むのだろうか。


 ワインは、その点、
とくに貴腐ワインはフランスの畑が
想像できるくらいのシロモノである。


 いちどだけ、貴腐ワインの最高峰、
シャトーディケムの1945年というのを
飲んだことがあるが、あのときは、震えた。

 口中にそれこそ、フランスの太陽と畑がひろがったのだ。

 かんたんに言えば、感動したのである。


 たぶん、もう、あんな上質なおもいは二度と
経験しないだろうとおもうが、
このあいだ、渋谷のバーでディケムがあったので、
値段を訊いてみたら、70CCで3000円だった。


 高いじゃん。ま、ディケムだから。
で、わたしは、店員に交渉した。

 「ね。7CCでいいから、300円でどう?」


 これは、言下に却下された。



 けっきょく、わたしはこの店で、獺祭の酒粕と、
妻が抱え込んで飲む一升瓶と、いづつワインと、
4合の上喜元とで、約7000円也を支払い店をあとにする。


 なかなか来られないので、最後に店主に訊いてみた。

「この店でもっとも高い日本酒はどれ」


「はい、これですね」
レジから出てきて、棚の一番うえを指した。


 やはり獺祭だった。
4合瓶二本で37000円である。 


「へー、3万円を越す酒があるんですね」

 「んー、まぁ、ワインに比べれば安いものです。
しかし、この獺祭は、どのくらい削っているのか、
まったくスペックの詳細を明かしていないんです」

「飲んだことあります?」

「わたしはあります」

「得月よりもうまい?」

「おいしいです。繊細というのか、質がいいです」

「ふーん。そうなんですか」

「こちらの4合は7000円ですが、こちらのが
3万円です」

 かれは、二本並んでいる片方を指呼しながら言った。

 おんなじ瓶のようにみえるが、
ひとつが三万円らしい。日本酒で三万円。


 わたしどもは店をあとにしたが、
ものすごく高価ですばらしいものを見た、という感動より、
おそらくいちども手にすることのできないものを見た、
という脱力感といおうか、諦念といおうか、
そんながっかりしたおもいで店を出たのである。


 数本買った酒は重かった