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ナットをめぐる冒険

 妻の自転車である。

 電動式自転車のうしろのねじが取れたのだ。つまり脱落である。


 このナットが脱落したということは、後々、後輪が脱落するということである。
ぶかぶかのスラックスでベルトしていないようなものである。

 
 しかし、この自転車、文字通り「ただもの」ではない。
中国製のものすごく廉価なシロモノである。
もう少しいうと、「ただもの」にもっとも近いシロモノだ、ということである。

 専門家に言わせると、「ありえない」そうだ。

 で、娘の母は、近所の自転車屋さんにもってゆくが、
日本製のナットではないそうだ。日本製は、15ミリ規格のナットなのだが、
それよりもはるかに穴が大きいのだ。

 で、その自転車屋さんが言うには、「この自転車には乗らない方がいい」と。

 その、中心部分のねじがないということは、スタンドもぐらぐらなのである。

 そうしたら、どうしてもこれに乗りたいのだろう、娘の母は、あいかわらずの、
トンチンカンであるので、そこに針金を巻いて乗ろうとしたのだ。

 わたしが、やめろというのに、針金自転車は自由ヶ丘まで
出かけていった。

 そんな危険極まりないものが家族にいては、いけないというので、
わたしはホームセンターに行き、だいたいあうだろうナットを
数種類購入して、車軸に合わせてみた。
が、どれも微妙に合わないのだ。

 うーん、しばらくは針金か、とおもいつつ、
あ、そう言えば、田園調布にわたしが以前購入した、
サイクルスポーツ専門の店があったな。

 わたしは、すぐにその店に電話した。

うちは、ママチャリやってないですから。

そーですよね。でも、車軸のナットが合わないんです。
困っていて。

そーですか、それならうちまで来てください、なんとかやってみます。


わたしは、その優しい言葉に甘え、針金で車軸をとめた自転車で
田園調布まで出かけた。

ちょっと怖かった。時間もすでに夜の11時ちかくである。

 うーん、これが合うかな。と、じゃらじゃら出したナットの中から、
ひとつを取り出し、かれはそれを締め付けた。

 が、あれ、途中までははいるんですが、それからは入りません。
じゃ、そこまでワッシャーかまして、とりあえず応急処置をしますが、
ちゃんと直さないと危ないです。

 と、自転車屋の主人、と言っても若い方なのだが、
ぺらぺらとカタログを見て、

「あ、これかもしれません。うちのが、M12の1.5のピッチなんですが、
これで、入らなかったから、1.25のピッチか1.75のピッチで入ると
おもいます。ホームセンターに売ってるとおもいます」

と、親切にも調べてくれたのである。
おまけに、もっと親切なのは、工賃もただ、部品もただだった。

「これは、売り物じゃないから、お金取れません」


わたしは、最敬礼をし、その店を後にした。
とりあえずは、ぐらぐらせずに乗れるようになったのだ。


 たくさん買ったナットの中に、M12の1.75ピッチがあったので、
この中国野郎は、きっと1.25ピッチだとおもった。

 わたしは、翌日、ホームセンターに行き、ピッチ1.25を求めた。
そうしたら、店員が「1.25はありません、それは特殊なもので、
ネジ専門店にしかないですね」という返事であった。


 そうか、特殊なんだ、
あ、そーだ、ネジ専門店は環七の世田谷通り沿いにあったはずだ、
あとでそこに行ってみよう。

 わたしは、まず家に帰った。

 と、自転車はなかった。妻がどこかに乗って行ったものとみえる。
ナットも特殊だが、もっと特殊なものがいたのである。