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リテラシー

 内田樹さんが書かれていたとおもうが、
メディアリテラシーは情報収集能力のことだが、
それと同時に、情報発信能力という意味も
含まれるだろう、というようなことを。


 収集能力があれば、同時に発信能力も
備わる、というのが氏のかんがえのようである。


 が、はたしてそうだろうか。

 聞く能力と、それを話す能力とは
ひょっとするとべつのような気がするのだ。


 読書が好きでも作文がきらい、というひとも
いるだろう。

 ぎゃくに、作文は好きでも読書が苦手、
つまり、わたしのような者もいるだろう。


 日曜日の店は、「担担まぜそば」をお休みにしている。

平日サービス商品だからだ。

 と、2時前に運動部風の学生さん4人が
どかどかって入ってきて、券売機の前でしばらく立って、
さっさと帰って行こうした。むろん無言である。


 「ねぇ、帰るんですか」
と、わたしが訊き返すと、こちらをふりむいてうなずく。

 「まぜそばがないから帰りますってこと?」
と、さらに訊くと、またうなずいた。

 「ここまで来て、ありません、さあ、帰りますって
とは言わせないから、材料あるから作るよ、
そのへんの券買ってよ」
と、わたしが言うと、

「ほんとですか」
と、はじめて口を開いてくれた。


 で、かれらに担担まぜそばを提供し、
そのあいだに、かれら4人は東工大のラグビー部で、
大学からラグビーをはじめた4人であり、
そのなかの耳がすでにつぶれているかれは、
「2番」というもっともハードなポジションであることも
教えてくれた。


 話しだせば好青年たちばかりである。


 が、さいしょの券売機のところで、
「今日は、まぜそばないんですか?」と
訊いてくれれば、話はもっとスムースである。

 運動部の活きのいい学生なのだから、
ハキハキとすればいいとおもうが、
わりにいまの若者はそうではなく、
他人にかんけいなく自己決定して、
おそらく、それで有能感を得ているのだろう。


 じぶんで決めることが最善であり、
そこに「それでよかった」という諦念にも似た
消極的な有能感をもつことが、自己防衛的な
選択なのだろう。


 つまり、見知らぬ者とのコミュニケーションツールが
希釈されているのである。


 日本人は、ムラ社会で、
それは農耕民族にそなわる、ア・プリオリ、生得的なものだろうが、
仲間たちのあいだでは、コミュニケーションが
うまく流通するが、いざ、他のムラ社会のものとは、
疎遠である。他のムラ社会のものと接触するさい、
Meイズムの姿勢をとるが、いざ、目があって、
話しはじめると、そこにYou社会的関係が芽生え、
すぐさま、We社会が実現する。

他校のおんなじ部活のやつらは敵とおもっている
ことをかんがえれば、すぐわかることである。
が、じっさい、試合を終え、おんなじ場所で
飯でも食べているうち仲良くなったりする。


 これが、日本のムラ社会というものだ。
だから、安倍さんが
「こんな人たちに負けるわけにはいきません」と
早計に言ってしまったのも、ムラ社会をずるずる引きずっている、
ということにほかならない。

 ようするに安倍さんは、もっとも典型的な
日本人であり、もっとも総理大臣にするには不適格な
ひとだ、ということになる。


 話をもどすが、大人と接触するときの
コミュニケーションツールを開発する必要がある、
ということである。


 それは、おそらく初頭教育から
構造改革をしなおさなくてはならないだろう。


 自己決定の有能感というものは、
実存主義的な要素をかかえているが、
大人とのコミュニケーションによって
じぶんの意思決定をするというしかたは、
どちらかといえば、構造主義的考量である。

 
 じぶんの中には、それはわたしも含めて、
偏見やバイアスがかかっているから、
他者の意見を聴き、調整しながら
進む道を決めても、そうわるくないとおもうのだ。

 
 東工大生といえば、たぶん
もっている才能に付け加え、
何時間にもおよぶ予備校通いとその勉強量。

 塾の先生の言うことをよく聞き、
高度なテクニックを学び、そして成功した者たちだろう。


 つまり、リテラシーは豊富にあるわけだ。
収集能力にかけては天才的なのだろう。

 が、かといって、それを発信できるか、
といえば、そうでもない。
成績がよくても論文が苦手という学生も多くいるだろう。

 それだから、大人や赤の他人にたいする
コミュニケーションも苦手、というものも出てくるだろう。

 内田樹先生がおっしゃる、
情報収集能力には情報発信能力が兼ね備わる
という事況には
なかなかたどりつかないような気がするのだが。


 ラグビー部の四人は、
食後、カウンターにあった知恵の輪をいじりながら、
店が閉店した2時を30分過ぎたころ
大学に戻っていった。