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店舗案内

来店二話

 

 とても陽気なお客さんだった。

ビールとらーめんを注文。

 

はじめてのご来店にもかかわらず

 

「わたし、このあいだ殴れてさ、

それで仕事できていなんですよ」

 

と語る。

 

「はい、どなたに」

 

「会社の同僚なんですよ、ま、酔っぱらった

はなしなんですけれどね。わたしがそいつの

胸ぐらつかんだら、蹴られて殴れて、

わたし、はじめて気を失ったんですよ」

 

 など、内輪もめの最上級のような

はなしをされた。

 

「うーん、このスープおいしいですね。

なにがはいってるんですか」

など、気軽に訊かれるので、わたしも

気軽に、なにとなにとをいれてと

包み隠さず答えた。

 

 そのお客さんが、きょうもご来店。

 

「いや、弁護士に訊いたら、

喧嘩両成敗、よくて50万円しか請求できないって

言われたんだよ。でも、有馬で3連単で儲けさせてもらいましたよ」

と、うれしそうだった。

 

 しかし、店がひまなので、ゆっくりと

その方と話せたのはよいのかわるいのか。

 

 その配当金の額を拝見して、わたしは、

びっくりした。軽自動車一台分くらいの金額だった。

 

「うん、これも、神さまのお恵みかな」なんて

小刻みにかれは笑っていた。

 

 

 店をでるときに、わたしは、

「ありがとうございました。ゴアンゼンに」と

あいさつした。

 

 と、かれは今度はおおきく笑って、

「作業現場のあいさつじゃないですか」と。

 

 ご職業がタクシーの運転手さんだから、いろんなことを

熟知しているのだろうか、「ゴアンゼンニ」はたしかに、

その種の職業の挨拶である。「おはようございます」も

「おつかれさま」もすべて「ゴアンゼンニ」なのである。

つまり「ご安全に」という意味である。

 

 

 

 ササキさん(仮名)がやってきた。

いつもどおりのミニラーメンとビール。

 

 

 ササキさんがお見えのときは、

ビールだけでなく、サービスのおつまみも

それなりにご奉仕する。

 

 あるときは、豚軟骨、いわゆるソーキ。

鶏のからあげ、チャーシューなどなど。

 

 

 その日は、高級なかまぼこにワサビを。

そのワサビも生ワサビをおろしたものである。

 

 

「うん、これ、うまいね。じゃ、きょうはウィスキーももらおうかな、

じつは、明後日、手術があるんだよ」

 

「え。どうされたんです」

 

「うん、癌ができてるんだ。大腸に。20センチ切るんだよ」

 

「はぁ、ほんとうですか。でも大腸癌なら

ステージ3でも80パーセントの存命率らしいですから」

 

「うん、ステージ4なんだよね」

 

「・・・どこの病院?」

 

「慈恵医大」

 

「なら、専門じゃないですか」

 

「うん」

 

 わたしは、はなしを変えて

「そのワサビうまいですか、生なんですよ」

 

「うん、おいしいね」

 

「そのワサビを活かした日本蕎麦、きょうなら

茹でられますよ」

 

「いや、いいよ、ここのラーメンがいい」

 

わたしは、ササキさんにグレンフィディックを

ロックでさしあげ、それはわたしのおごりとした。

「じゃ、全快したら、うちでお祝いしましょう。

よい食材用意しますよ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 ササキさんは、ミニラーメンをめしあがり、

ウィスキーをぐいっと飲み干し、店をあとにした。

 

 

「また、来れるといいけどね」

 

 

 かれは、背中越しにわたしにそう言って

店をでられた。とてもしずかな笑いかたで。