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出したことのない声

バイトに来たアキノさんと、拙宅で映画を観ることにする。

映画といえば、わたしの好きなのは『転々』。

 金貸しの福原愛一郎(三浦友和)は妻殺しをして

警視庁に自首をしにいくのだが、

心の整理として東京をぐるりと歩く。

その東京散歩につき合わされたのが

大学8年生の竹村文哉(オダギリジョー)である。

 妻の浮気が原因である。

 

 

「女房とホテルまで行ったのに

寝なかったやつがいる。

そいつだけは忘れられないと女房は言っていた。

刑務所に入るまえにそいつだけは半殺しにしたかったけれどな」

 

 

 じつは、竹村には、

人妻とホテルまで行ったのに、

なにひとつ関係のないまま別れた過去がある。

もし、その女性が福原の妻だったらと竹村は勘ぐる。

 

 

「福原さん、奥さんの写真ってありますか」

 

 

「なんだい、いきなり」

 

福原は一枚の写真を竹村に渡す。

かれは、はんぶん手で隠しながら、

おそるおそるその写真を見、そして安堵する。

別人だったのだ。

 

 

「きれいな人じゃないですか、ぼくタイプですよ。うぉ~うぉ~うぉ~」

 

(なんだか開放されたおれはいままでに出したことのない声を出していた)

 

アキノさんと観るはずの映画は「四十九日のレシピ」。

 

二年ぶりにテレビにスイッチをいれる。

 

あれ、中にべつの映画が入っている。しかし、出てこない。

 

 

このなかの映画ははたしてなんなのか。

なにも覚えていない。

すでに彼岸に移行しはじめているわたしではあるが、

身に覚えはある。再生はできそうだ。

 

 

どうする。えいままよ。

 

竹村がこわごわと福原の妻の写真をのぞきこむように、

わたしは、「再生」ボタンを押す。

出てきた映像によっては、

わたしの人格が一気に否定され、

その威厳と信頼は失墜するかもしれない。

 

画面が出た。

 

 

 

 

「おくりびと」だった。

 

 

わたしは、このとき、

心のなかで、いままでに出したことのない声を出していたのだ。