タカヤマは馬鹿である。
数学の教師だが資格さえとればだれでもなれる商売だ。
わたしもおんなじ商売をしていたが、
頭脳明晰、目から鼻にぬけるようなひととは
めったにおめにかかったことがない。だいたい先生なんてそんなものである。
タカヤマは、教科よりもみずからの体躯に人生の統合軸があり、
いわゆるマッチョである。
体脂肪が4・0らしい。
机のなかには無数の薬瓶がおいてあり、
それぞれに番号がふってある。
「なにそれ?」と訊いたことがあったが、
それはすべてサプリメントで、
何錠飲むのかわすてしまうので、
これは四錠、これは五錠と蓋に表記してあるそうだ。
馬鹿だから、人生すべてにブレーキが効かない。
うまくもないテニスで、
渾身の力でサーブをしたものだから、
前衛でまもっていた味方のリンさんの後頭部にボールが直撃、
リンさん失神したこともある。
スキーではボーゲンなどもってのほか、
どんな斜面も直滑降である。スキー場のブラックリストなのだ。
「ひとがいたらどうすんのよ」と私が訊くと「飛びます」と答えていた。
どうも飛ぶらしい。
ところが、ある日、
斜面にロープが張ってあるのに気づかず、
かれはそのまま直滑降したからその紐にひっかかり、
ほんとうに空に舞い上がり、そのまま谷底に落花した。
同僚は死んだ、とおもったらしいが、
かれは、すくっと立ちあがり、また滑り出したという。
血だらけで大嫌いな医者に行ったら全身打撲と診断されたそうだ。
学校では、空き時間に階段の昇り降りで鍛えている。
いちど、踊り場でひっくり返ったとき、
壁にかかっている掛け軸をみて感動したそうだ。
「つまづいちゃってもいいじゃないかにんげんだもの みつを」
おお、さすがに渡辺先生、いいことをいう、かれはそうおもった。
当時、学校には渡辺三男先生という方がいらっしゃったのだ。
やはり、タカヤマはもじどおりの( 二字 ) なのである。