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野田さんというひと

野田さんとはじめて会ったのは、
まだかれがマンションの管理人をしていたころだから、
十数年前になる。いわゆる釣り仲間である。


いっしょの車で沼津に釣行しにいったとき、
よくしゃべるひとだとはおもった。

一見、むこうのひとみたいで、
なにしろパチンコをしていたとき、
しらない主婦から「どこの組の方ですか」
と訊かれたというのだから筋金入りである。


「あんな孫の写真送ってきてよ、つまんねぇな」と開口一番しかられた。
「ひとの孫の写真見たってよ、おもしろくもなんともないだろ」
と言いながら、かれはそのあと沼津に着く二時間、
じぶんの孫の話をしつづけた。
「のださつきちゃーん、って言うとよ、はーいって手挙げるんだ」


「ウォシュレット使うひとと使わないひとと、
その理由がいっしょなの知ってる」

「なんだよそれ」

「使う人の理由は、だって気持ち悪いじゃん、
でね、使わないひとの理由も、だって気持ち悪いじゃん、なんですよ」
 と、わたしが言うと、

「ふーん、なるほどね」と野田さんはかるく笑った。
が、後で聞いてみると、野田さんは、飲み屋に行くたんびに、
「おい、ウォシュレットのよ、使わないひととよ、
使うひとの理由って知ってるか」と、
さもじぶんの手柄のように話しているらしい。


 そんな野田さんの自慢話は、
三回離婚したことだ。
「なかなかいないだろ」と。
でも、佐渡に彼女がいて、たまに身の回りの世話に来るんだという。


「現代版、お光と伍作ですね」って言うと
「ん?」と言っていたから、かれは佐渡情話を知らないようだ。


 車に乗ると、また、かれの話がはじまる。

「このあいだよ、こんなに大きなハマチ釣ったから、
なじみの料理屋におろしてもらったら、
野田さん、もう持って来ないでくれって、仕事が止まっちゃってだってさ」

 なにしろ話はエンエン続く。


「おれはよ、鍋が好きでよ、
店でも鍋注文するんだ。
このあいだ行った店だがな、
皿にうまく並べてうまそうなんだよ、
だけど、だしみたらインスタントじゃないかよ、
もう、おれ、あの店には二度と行かねぇよ、おれは鍋にはうるさいんだ」

「野田さん」わたしは言った。
「なんだ」
「野田さん、鍋じゃなくてもうるさいよ」