店にナオコがやってきた。
ナオコは、「ナオコでーす」と景気よくやってきた。
それも、やんちゃな子をひとり、つれて。
「いまどこに住んでんの」
「シンガポール」
「そう、いつまでいるのさ」
「えっと、今週くらいまで、この子の始業式があるから」
「向こうの学校?」
「ううん、日本人学校。せんせい、何時ごろ暇になるの?」
「え。いま、暇だけれども、12時過ぎたら、混むかな」
「そっか」
と、ナオコは券売機に向かってなめるように見渡し、
大盛りラーメンを購入した。
「この子、お腹すいているっていうから、
ふたりでわけて食べるね」
「ね。ナオコさ、いまいくつになった?」
と、ナオコはちょっとはにかむように「46」と答えた。
ナオコを塾で教えたのが、小学校の5年生のときだから、
かれこれ、35年が経つ。
ようするに35年前の教え子ということだ。
「旦那は、どこの国だっけ?」
「スコットランド」
「ふーん、おまえ、よく英語できるようになったな」
「そうでしょ。すこしはしゃべれるよ。旦那とは英語だけだから」
と、ナオコはさっきとはちがう笑い方をした。
「でも、この子の英語は上手じゃないんだ」
「ふーん」
大盛りが出来たのので、小鉢をつけて
ラーメンを出しながら、
ナオコの数十年前をおもいだしている。
「そーだ、おまえさ、いっしょにレッドロブスターに
行ったことあるだろ、覚えてる?」
「うん、覚えてる」
たしか、ナオコが高校時代だったように記憶している。
彼女をつれて、レッドロブスターをおごったことがあった。
ドサっと一匹のでかいザリガニが出てきたとき、
まず、ナオコは腕まくりをして、そのザリガニと格闘した。
わたしは、食べ物をまえに腕まくりする男性も、女性も
見たことがなかったし、あれ以来、そういうひとに
出くわしたことも皆無である。
で、食後に車にもどるときに、彼女は、
鼻をスウスウ吸っている。
「どうした?」
「ご飯粒が鼻の奥に詰まった」
色気もあったもんじゃない。
「な、ナオコさ、レッドロブスターの飯さ、
鼻につめたの、覚えてる?」
「うん、覚えているよ」
そーか、そこまでバカではないんだな。
「そういえば、おまえ、言っていたな。
じぶんの部屋には謎の空間があって、
夜食の皿には、分離したマヨネーズあったり、
万年床の下にはなにがいるかわからないから、
そのまま放置してあったり、
着た服とか、着ない服とかが、部屋に山積みになっているのを、
クウって臭いで、着た服と着ない服とを
嗅ぎ分けているって。いまでもそうなの?」
「うん、それ、定番でしょ。いまでも、バッグの中から
取り出して、これ、着られる、とか、着られないとか、
それやってるよ」
ふーん、三つ子の魂なんとやらというが、
結婚して、子どもふたりもできても、
洗濯物とそうでないものを嗅ぎ分けているのである。
ご主人は、スコットランド育ちの、
10歳年下の、大学教師である。
「しかし、よくおまえと結婚したな」
「うーん、ね。なんでだろ」
「家に帰ってまでむつかしいこと考えずに
済むからじゃないか?」
とわたしが言ったら、
「あ、そーか、そーか」と
ケラケラとナオコは笑いだした。
わたしの知っているかぎりで言えば、ナオコは
天才肌ではないことは折り紙づきである。
「サチコさん元気ですか?」
「うん、元気だよ、もうすぐ来るけど」
すこし、お客さんも来店してきたので、
ナオコとその息子は店をあとにした。
しばらくして、妻が店に来る。
もちろん、ナオコが外人さんと結婚していることは、
じゅうじゅう承知である。
「いま、ナオコが来ていたよ」
「あら、そう」
「息子さん連れてね」
「そう、ハーフだった?」
わたしは、この質問がむやみに可笑しかったのだ。
ナオコは、「ナオコでーす」と景気よくやってきた。
それも、やんちゃな子をひとり、つれて。
「いまどこに住んでんの」
「シンガポール」
「そう、いつまでいるのさ」
「えっと、今週くらいまで、この子の始業式があるから」
「向こうの学校?」
「ううん、日本人学校。せんせい、何時ごろ暇になるの?」
「え。いま、暇だけれども、12時過ぎたら、混むかな」
「そっか」
と、ナオコは券売機に向かってなめるように見渡し、
大盛りラーメンを購入した。
「この子、お腹すいているっていうから、
ふたりでわけて食べるね」
「ね。ナオコさ、いまいくつになった?」
と、ナオコはちょっとはにかむように「46」と答えた。
ナオコを塾で教えたのが、小学校の5年生のときだから、
かれこれ、35年が経つ。
ようするに35年前の教え子ということだ。
「旦那は、どこの国だっけ?」
「スコットランド」
「ふーん、おまえ、よく英語できるようになったな」
「そうでしょ。すこしはしゃべれるよ。旦那とは英語だけだから」
と、ナオコはさっきとはちがう笑い方をした。
「でも、この子の英語は上手じゃないんだ」
「ふーん」
大盛りが出来たのので、小鉢をつけて
ラーメンを出しながら、
ナオコの数十年前をおもいだしている。
「そーだ、おまえさ、いっしょにレッドロブスターに
行ったことあるだろ、覚えてる?」
「うん、覚えてる」
たしか、ナオコが高校時代だったように記憶している。
彼女をつれて、レッドロブスターをおごったことがあった。
ドサっと一匹のでかいザリガニが出てきたとき、
まず、ナオコは腕まくりをして、そのザリガニと格闘した。
わたしは、食べ物をまえに腕まくりする男性も、女性も
見たことがなかったし、あれ以来、そういうひとに
出くわしたことも皆無である。
で、食後に車にもどるときに、彼女は、
鼻をスウスウ吸っている。
「どうした?」
「ご飯粒が鼻の奥に詰まった」
色気もあったもんじゃない。
「な、ナオコさ、レッドロブスターの飯さ、
鼻につめたの、覚えてる?」
「うん、覚えているよ」
そーか、そこまでバカではないんだな。
「そういえば、おまえ、言っていたな。
じぶんの部屋には謎の空間があって、
夜食の皿には、分離したマヨネーズあったり、
万年床の下にはなにがいるかわからないから、
そのまま放置してあったり、
着た服とか、着ない服とかが、部屋に山積みになっているのを、
クウって臭いで、着た服と着ない服とを
嗅ぎ分けているって。いまでもそうなの?」
「うん、それ、定番でしょ。いまでも、バッグの中から
取り出して、これ、着られる、とか、着られないとか、
それやってるよ」
ふーん、三つ子の魂なんとやらというが、
結婚して、子どもふたりもできても、
洗濯物とそうでないものを嗅ぎ分けているのである。
ご主人は、スコットランド育ちの、
10歳年下の、大学教師である。
「しかし、よくおまえと結婚したな」
「うーん、ね。なんでだろ」
「家に帰ってまでむつかしいこと考えずに
済むからじゃないか?」
とわたしが言ったら、
「あ、そーか、そーか」と
ケラケラとナオコは笑いだした。
わたしの知っているかぎりで言えば、ナオコは
天才肌ではないことは折り紙づきである。
「サチコさん元気ですか?」
「うん、元気だよ、もうすぐ来るけど」
すこし、お客さんも来店してきたので、
ナオコとその息子は店をあとにした。
しばらくして、妻が店に来る。
もちろん、ナオコが外人さんと結婚していることは、
じゅうじゅう承知である。
「いま、ナオコが来ていたよ」
「あら、そう」
「息子さん連れてね」
「そう、ハーフだった?」
わたしは、この質問がむやみに可笑しかったのだ。