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日常のはなし

 東京もずいぶんと寒くなったが夏のはなしである。

 日記といっても、日々、なにか非日常的な
できごとがあるわけではない。

 新聞をみれば、一面からさいごまで、
非日常性が語られているわけだが、
一個人で、あんなに事件性があるわけでもない。

 毎日、おんなじことをやり、おんなじように寝て、
また、おきる。目があいたことだけでも、
幸運とおもわなければならない。


 日々、ニーチェの言説のように永劫回帰されながら、
そして、キルケゴールの言う死にむかってゆく、
そんな日常なのであろう。

(ちなみに、ニーチェの永劫回帰はそんな
生易しいものではない、念のため)



 火曜日は、毎週、岸さんにスーパーに
連れていってもらう日である。

 岸さんは、駅向こうで、景気よくラーメン屋や、
カラオケ屋やライブハウスを経営する、
やり手である。

「きのう飲み過ぎちまってよ」

「どごで?」

「新大久保」

「あ、じゃ、韓国料理」

「ちがうんだよ、ネパール料理よ。
いま、新大久保は、ネパール料理はやってんだ。
うちにいたわかい板前が、外人だぜ、
それが経営している店があるから、
行ったんだ、岸さん、来てくれっていうから。
で、うまいんだな、じぶんで小籠包つつんだりして。
むつかしいんだ、あれ。で、家賃はって訊いたら、
100万円だと。あんたも、そのくらいの商売しないとな。
どこの馬の骨かわからん奴が、100万円払って、
もう5件目を出してるんだぜ」

この「あんたもそのくらいの・・・」あたりから、
「お前には、とうていできないことだよ」
という含みがあることを、感じながら、
ふん、ふん、わたしは聞いている。


なぜなら車に乗せてもらっているという
弱みがあるからだ。


「消費税もあと一日だろ、銀行から借りたよ」

「明日、31日だからね。
しかし、消費税なんとかしてもらいたな。
あれで店がキュウキュウになってね。
ほんらいは、内税でもらっているはずだけれど、
持ち出しだよな」

「そーよ。300万くらい払うぜ、うちは」

「あれ、ヤクザのピンハネとそうかわらないよね」

「そうよ、いつも言ってんじゃん」

と、岸さんが言うのを聞きながら、
わたしは、
「おれは、先週、払っちゃったんだな」と
言いたかったが、
きっと、ムカつくとおもうから黙っていた。

わたしにも、黙るときはあるのである。


業務専用のスーパーに横づけにして、
わたしどもは、店内に。


と、レジの笹谷さんが、
「暑いわね、きょうは、30℃になるんですってね」
と、お客と会話していた。


「ネギある」
と、わたしは、野菜の大田さんに訊いた。

「あるけど、高いよ。中国のは」

「中国ね、ま、見るだけね」

と、大田さんは若い社員に、
国産のと中国産のとを持って来させた。


わたしは、ネギのしろいところを

さすったり、見たりして、やはり国産を買うことにした。


と、横から、白衣にヘルメットの爺さんが、
「あ、これ中国産、いくら」
と、やってきた。

旗の台でうなぎ屋をやってる爺さんだ。

「そ、じゃ、これもらっていくわ」と
うなぎ屋は、4キロの段ボールを抱えて店内を
歩いてゆく。

それをみた岸さん、
「おい、高級うなぎ屋が中国産かよ」
と、笑っている。


岸さんと、白衣の爺さんは十年来の知人なのだ。


「おれ、そのケースは300円だぞ」

「おい、よしてくれよ。ほかでも800円くらいだぞ」

「おれは、市場でぜんぶひきとるからな」

「あ、それじゃ、そんなもんか」
と、うなぎ屋は歯の欠けた口を大きくあけて
笑っていた。


買い物は、さっさとおわり、わたしはレジに向かう。

笹谷さんのレジに着く。

「あら、暑いわね、今日は30℃になるんですって」