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ミズホさんと会う

 月曜日はバドミントンをしに
駅5つくらい離れた小学校に自転車でむかう。

 と、その道の途中でたまたま、ミズホさんに会った。

 ちょうど彼女が買い物の帰りなのだろう、
その玄関先でばったり会ったのだ。


「あれ、ミズホちゃん?」

わたしは自電車をUターンして彼女に近づいた。

「あら、久しぶり、うれしい、元気?」

 彼女は、高校時代はマドンナのように
血気盛んな男どもをとりこにしたひとだったそうだ。

「ね。知ってる? そろそろおれたち
いい歳になってるんだよ」

「知ってるわよ」

彼女とは、同い年で、わたしがPTA会長だったとき、
となりの小学校のPTA副会長で、
2年間活動をともにした間柄である。

わたしども高校時代は、群制度といって
高校を選べずに、抽選で振り分けられた時代だった。

くしくも、彼女とはおんなじ学区を受験して合格し、
ざんねんながら別々の学校に入学したものの、
レベルはいっしょだったのだ。

「どう、娘さん活躍してる?」
わたしが尋ねると、

「うん、いま、帝国劇場で歌っている」

そう、彼女の娘さんは、わたしの塾の教え子であるのだが、
いまや、レ・ミゼラブルで、エボニーヌ役に大抜擢された、
時の人なのである。

一度は、彼女の晴れ舞台を観に来てと
誘われているが、仕事の都合もつかないことと、
じつは、わたしはああいうミュージカルがすこぶる
苦手であることが、そのお誘いに
素直になれないでいる理由なのである。

引率で彼女の娘さんではないレ・ミゼラブルを
観に行ったこともあるが、なぜか、まったく
心が動かなかったのだ。

ふれこみでは「人生が変わる」とかあったのだが、
なぜ、面白くなかったかとかんがえたのが、
その答えは、すこぶる簡単だった。

 それは、すべて語ってしまうからだった。
すべて歌ってしまうのである。

 エボニーヌがひとりなってしまって、
舞台にひとり立って歌う。

「わたしはひとり♪」

 はい、わかりますよ。だってひとりじゃないですか。
そんなの、見ればわかるって。

 わたしどもの仕事と言えば、国語という教科だから、
この分野は、言葉の裏側にどれほどの意味を
込めているか、それを探すのが仕事なのであって、
語らない領域に、どのくらい意味内容を含んでいるかを
考量するのが急所なのである。

 が、ミュージカルというのは、
言葉の裏側をすべて語ってしまうというのは、
我われの仕事と真逆な立ち位置にある位相なのだった。

だから、わたしはミュージカルを観に行くことに
消極的なのである。


「そう、家、改装したんでしょ」

「うん」

「どう、快適?」

「そうね」

「でも、まだ一度もご招待してもらってないよ」

「そうよ、イイジマさんだって呼んでないわよ。
家せまいから」

「そう。じゃこんどいっしょにお風呂でもはいろうよ」

「ん。またそんなこと言う」
と、彼女は、わたしを軽くこずいてそう言った。

わたしどもは、ほんの数分話して別れたが、
数年前、PTA仲間と飲んだとき、
こんな話で盛り上がった。

じつは、ミズホさんとわたしは、
誕生日が2日違いで、それも同い年。

そして、産まれた場所が、日赤産院と同じ場所だったのである。

 高校もおんなじレベル。

 ここまで一致するとは、ただの
関係ではない気がするのである。

 で、わたしそのとき、
彼女にこう言ったのである。


「ね、ということは、
あなたとわたしは、産まれたとき、
おんなじ空気を吸っていたんですね」
と。

と、彼女は言下にこう言った。

「気持ちわるい」