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4月の蝉

ラインが来ていたのでみると、
「さっき蝉の鳴き声が聞こえました」

「4月だからまさかと思うけどたしかにジーッ、ジーッって
一匹鳴いていたの」

とあった。

彼女の家は東京都下で、
たしかに、
きのうは、観測史上もっとも暑い4月だったから、
寝ぼけた蝉が地中から出てくることも、
異常気象のうちの異常現象としてあるかもしれない。

もし、そんな蝉がいようものなら、
ひどくあわれである。

なぜなら、蝉はパートナーを見つけるべく、
危険をおかし、一週間も生きられない姿となり、
みずからをこの世にさらけだしたわけである。

地中で暮らしていれば、まだ安穏な生活ができたのに。

が、4月の気の狂ったような陽気に誘われて
出てきたものの、さすがに、おんなじように
土中から這い上がってきた愛人はいないだろう。

つまり、今年、はじめてのたった一匹の蝉、ということになる。

今年はじめての蝉は、おそらくパートナーを
見つけることなく他界するのだろう。

自業自得とはいえ、きのどくである。


世の中に「はじめて」というものには、
そういうきのどくさがつきまとうものだ。

たとえば、世界でもっともはやく電話を
設置したひと、いったいだれに電話をしたのだろう。

そして、だれからもかかってこない
その空虚な気持ちをどう処理したのだろう。

むかし、わたしの友人の家が電話を新しくしたのだが、
その家族はどういうわけか、ほとんど電話のかかってこない家で、
食事をしていたら、なんか見知らぬ音がしたので、
不思議がっていたら、それが呼び鈴だったと、
あとから気づいたという話があった。


さて、はじめて、ということでは、
ふぐを、この世の中ではじめて食べた人。

その場で死んでいるだろう。

ふぐに関しては、はじめての人も、その次の人も、
おそらく死んだろう。


そして、何世代にもわたって、
この肝が猛毒であることに気づき、ようやく
ふぐ料理なるものが登場したのではないかと、
推察するのである。


しかし、ふぐの肝が、この世の中で
もっとも美味なるものだと美食家はいう。

坂東三津五郎は、もっとくれ、もっとくれと言って、
他界した。本望かもしれないが、
その板前もとうぜん留置場おくりとなり、
迷惑千万な話であった。


銀杏だって、あの臭い実のなかに、
また固い殻があって、その殻を割って
その中のあのすこし苦味のあるあれが、
うまいとよくわかったものである。

いったい、だれがはじめて銀杏を食べたのであろう。


話はかわるが、わが国で、もっともはやく、
シンクロナイズドスイミングをした男性はだれか。

それは、もちろんウォーターボーイズではない。
じつは、わたしである。

小学校6年生のとき、わたしは、
三田のスイミングスクールに通っていたのだが、
そのスクールのあと、もう一時間だけ、
シンクロナイズドスイミングの教室がひらかれた。

その当時、シンクロはまだ世の中に普及されておらず、
シンクロナイズドスイミングを日本に持ち込んだ、
女性がおり、その方は、テレビにも出演されていたが、
そのひとが、そのスクールを開校されたのだ。

だから、シンクロの歴史など、まだ50年というところである。

よく覚えていないのだが、とてもきれいな先生だった。

また、プールサイドにしゃがんで、
「あなたがたが、男の子でさいしょのシンクロした子よ」
と、言っていたのも覚えている。

わたしのほかに男子が2名いた。


わが国初のシンクロナイズドスイミングを
したわたしは、べつにきのどくなことはないのだろうが、
それが、なんにも得になっていることはない。

ただ、プールでプカプカするときに、
むかしとったなんとか、じょうずに浮くことはできるが。


さて、あの4月の蝉はどうしているのだろう。

おかしいな、だれもぼくに反応してくれない、
と、心寂しく鳴いているのだろうか。

この世に、たった一匹しかいない蝉。


うん、すこし早まったな、と、
またセミの抜け殻に戻れればいいのだが、
あんだけ姿がちがうとそれもままならない。