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才能とは

 むかし、たいそうな濡れ衣を着せられたことがある。

予備校の応接室に呼ばれ、
社員の先生から開口一番、

「あなた、逮捕されますよ」
と言われた。

「はい?」

「調べれば、だれが書き込んだかわかりますから」
と。


「あの、なんのことでしょうか」

寝耳に水、わたしはぼんやりするしかなかった。


その話は、こういうことだった。

2ちゃねんる、というサイトに、
実名入りで、予備校講師の名前と、
それとつきあっている現役女子高生の名前が
4人、列挙されていて、
それを書き込んだのが、ある女子高生であって、
署名付きなのだそうだ。

 そのタレ込んだ女子高生の母親がこれを
見つけ、うちの娘の名前が利用されている、と
塾側に抗議したらしい。


 で、その4人の塾講師は激昂して、
いったいこれを書いたのはだれか、
ということで、とどのつまり、わたしだろうと、
それを塾の上層部に陳情したのだ。

 なぜ、わたしなのか、
このタレ込んだ生徒は、4日間のわたしの漢文の授業に
出ているから、そして、あいつは、そういう
事情に詳しいから、きっとあいつだ、
という理路で、わたしが犯人にされた。

しかし、その漢文の授業というのは、
生徒数156名だったか、2階の大教室が
満杯で、キャンセル待ちが5人くらいいた授業である。

通常授業をとっている生徒ならまだしも、
短期の授業の子など、もうしわけないが、
顔もわからない。

そして、わたしは、いまもそうだが、
2ちゃんねるの存在は知っていても、
それをついぞ見たことがないのである。

「あのぅ、それはどんな文面なんですか」
と、訊くと、
「それは、もうしあげられません」
と、拒否された。

 だから、わたしは、その文面がどんなものか、
はたまた、その4人がだれなのかも、
知らずじまいだった。


 しだいに噂で、この4人の先生はだれなのか、
わかってきたのだが、
その4人は、わたしの知る限り、その情報は正しかった。

 しかし、そんな不純なことをしている4人が
激怒して、なんで、なんの関係もないわたしが、
咎められなくてはならないのか。

 罰せられるべきは、その不純異性交遊をしている
彼らではないのか。

 わたしは、そのときつくづく「不条理」というものを
感ぜざるを得なかった。




わたしは、その翌年、ここを解雇された。
理由は言われなかったが、
友人の先生からは「河合」とか受けてみたら、と
言われていたので、そういう不穏なうわさは
わたしのしらないところであったのだろう。


じぶんにもっともわるい情報は、
じぶんには、もっとも遅く伝わるものである。


しかし、だれがこの書き込みをしたのか、
いまだわからずじまいだ。


被害者とは、こういう構造で
生産されるときもあるから、、
本人のまったくあずかりしらぬままという
場合も覚悟せねばならない。


つまりは、太いパイプをもっているとか、
深い絆があるとか、
そういう関係を構築しておかないと、
いつ、なんとき、じぶんが被害者になるとも
限らない、ということだ。



どこぞの理事長が、いまペラペラと
しゃべりまくっている。


これには、時の政権幹部も頭を抱えてるだろう。


「裏切られた」とおもった瞬間から、
すべての絆がちぎれ、
その怒りが、証人喚問の席で再演されたのだろう。


「これ誰にも言うなよ」と言われて、
それを守らせるには、
それを担保すべき「つながり」を構築しておかねばならない、
という好例である。


わたしのもっとも主要な仕事場を
辞めた理由、いや辞めさせられた理由も、
「ゆかりん」とかいう子にマイミク申請した、
というただそれだけであった。

いちど、ある弁護士に相談したのだが、
「それだけの理由ですか?」と弁護士は言っていたのだが。



「ゆかりん」が、ほんとうは誰なのか、
ミクシィをされている方ならわかるだろうが、
ここは、血の通った生身のにんげんではなくて、
空想上の空間であり、それは、だれでもないはずである。



 しかし、その「ゆかりん」の
学年主任が、わたしをダカツのごとく毛嫌いしている
ひとだったので、これを大問題にして、
わたしを、職場から引きずり下ろしたのである。


 そのひとは、国語の教師で、わたしの先輩で、
しかし、漢文となると、教科書に書き下し文を
ぜんぶちいさな字で、指導者から書き写し、
訳を書き写し、じぶんの教科書を
じふんの字で、真っ黒になるくらい埋め尽くして
授業に出かけてゆくひとだった。


わたしは、そのひとの教科書を
「耳なし芳一」と呼んでいて、
こっそり、わたしの、何も書いていない教科書と
取り替えてやろうかと、かんがえたこともあった。



つまり、無能な男だったのだが、
かれは、理事長に媚びへつらって、
ついに、教務部長まで登りつめた。


世の中は、能力でも、性格でもなく、
深い絆なのだろうが、
その絆を築き上げるのも、
ひとつの才能なのだろう。