にんげんを二分すると、
たとえば、耳糞が乾いているひとと、
そうでないひと、とか、くだらない話から、
人にばかにされるひとと、人をばかにするひと、
尊敬されるひととその逆、とか、
いろいろ二分割されるが、
人懐っこいひとと、そうでないひと、これもよくある話だ。
わたしの娘ね、
ほんとによく、おとなのひとと親しくなるのよ。
4歳のときね。
郵便局に行って手続きしてたら、
いなくなっちゃって、
そうしたら、椅子に座ってるのよ。
さいきん、引越ししてきたんです。
まずは、自己紹介します。わたしは、伊藤さつき。4歳。
まだ、幼稚園にも行ってません。
好きな食べ物はいちご。
ママは、1月15日生まれ 山羊座のO型。
得意料理は、おでんと餃子。
なんて言うのよ。個人情報ダダ漏れだけれど。
老人ホームの慰問みたいになっちゃってるからさ、
びっくりだよ。
ひとの懐に入るのが上手なのよ、
あれが天性の才能なのかな。
古い言葉もよく知ってるの。
「いささか」とか「すこぶる」とか「しいて言えば」とか使うわけ。
またさ、敬語の使い方がなってるんだな、
「おばさん、これお持ちいたしましょうか」とか
幼稚園のころから言うのよ。
それでね、ひとの話をよく聞くのね。
わたしなんか、逆立ちしてもできない。
斜め向かいに住んでいたおばあちゃんがね、、
このチョッキは先月、手編みであんだやつでね、って言うと、
素敵ですねぇとか、尊敬しちゃうとか言うわけ、
幼稚園でよ。
あなたにも編んであげるって、
わたしのと、さつきのとマフラーふたつも
編んでくれたのよ。
そのおばあちゃん、さつきのことかってくれていて、
花の名前もよく知ってるし、
お料理の手伝いもするし、
お米もとげるし、
すごいわねぇ、お母さんがよく教えているのねって。
花の名前は、わたしの母が教えたんだけれどね。
本屋に行っても、いなくなっちゃったとおもったら、
レジのなかで本読んでもらっているからさ。
親指姫の本を
店主のおばちゃんに読んでもらっているのよ。
4歳のときよ。
たぶん、子どもの絵本のまえでずっと立ってたんじゃないの。
まだ読めないのって言ったんかな。
なら、おばちゃん読んであげようとか言ったのかも。
飴なんか舐めながら読んでもらっているのよ。
で、引越しするとき、
『腹ぺこイモムシ』とか海外の絵本を4冊も
くれたのよ。
だから、世渡り上手なんだよね。
福井に引越ししたときなんかさ、
そのへんの近所の散策をしておいでっていったのよ。
で、わたしが買い物に行ったら、
そうしたら、畑で歌っているじゃない。
だれか歌ってるなってみたら、
うちの娘だったのよ。
それでね、
おばちゃん、ふたりが座ってじっと聴いているのよ。
千と千尋の神隠しのテーマソングを歌ってるの。
おわったら、拍手もらってさ、
もう一曲やれって言うのよ。
で、おばちゃんたちの知ってる歌、歌うわ、
って娘が言ったら、
いや、おばちゃんたちの知ってる歌は古いから、
と言ったら、「みかんの花咲く丘」なら歌えるって、
それで歌いだしたのよ。
それでご褒美に大根とかいろいろもらって
帰ってきたのよ。
その後、仲良しになったから、
畑の草取りとか種まきとか収穫もいっしょに
やってね、芋掘りとか。
すいかももらったよ。
わらしべ長者みたいなんだな。
と、稀有な話がつづいた。
いるんだな、こういう子どもが。
人懐っこいと生意気と、紙一重の
未曾有かもしれない子ども。
しかし、今の世の中、
他人に赤いのがとうぜんであるのに。
わたしなぞ、
何年かまえの春、750CCから700引いた、
50CCのバイク、いわゆる原チャリで洗足を
走っていたら、前にたんまりと生木を積んだ
軽トラが走っていたのだが、
その木から放たれるかおりのよさについぞ、
なんの木なのか知りたくて、
原チャリ、改造したモンキーで信号待ちしている
軽トラのおじさんに横付けして、
ガラス窓をトントンとしたのだが、
おじさん、あわてて逃げるように
発進してしまった。
たしかに、軽トラの右側に横付けしたものだから、
原チャリが、車の右に立つことなど
ないはずだし、わたしの姿のどこかが、
いけなかったのか、
とにかく、軽トラは、逃げ惑うように
スピードを出していったのだ。
が、しかし、わたしも、
根性と度胸があるものだから、
その軽トラを追いかけ、
単なる改造モンキーではない、すこし、
エンジンをおおきくしているだけあって、
スピードは出るから、すぐ軽トラに追いつくのである。
また、信号待ちで、こんどは、
「すいません、すいません」と
なんの理由もなく侘びをいれながら、声をかけると、
ようやく、おじさん、窓を下げてくれて
「なに?」
「あのぉ、積んでいる木がとてもいい匂いなもんで、
なんの木なんですか」
と、訊いたのだ。
と、植木屋さんだろう、そのおじさん、たった一言。
「ん。桜」
ま、これじゃ、ひととうまくつきあえないだろうな、
って、おもったのである。
つぎのものがたりが醸成されないってわけ。
処世術をさつきにでも訊いてみるかね。