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フミエ

 フミエとは、みょうな関係である。

塾の教え子ではあるが、
うちの店で大学の4年間はたらいた。

 そもそもは、高校3年生の大晦日、
ご一家は、葬式で田舎にもどり、彼女ひとりが、
受験ということでおきざりにされたのだ。

 だから、ひとり娘、さぞ寂しかろうということで、
大晦日、店に来いよと、言ったら、
ほんとうに彼女はひとりぽつんと来たのである。

 そのときに、お前、この店、手伝えよ、と
言ったのだが、ほんとうに大学生になった春から、
ずっと、毎日曜日の夜、4年間はたらいた。

 あんまり、夜がひまなときは、
店、閉めてカラオケに行ったこともあった。

 バレーボールに誘えば、
小学校のママさんバレーの練習にも参加した。

 こんな書き方をすれば、
すでに泉下のひとかと勘違いするかたもいようが、
フミエはいまもぴんぴんしている。


真夏の夜のことである。

わたしが、外でゴミをだしたとき、左肩のうしろのほうで、
チェックの青年が横切ったのだが、
その瞬間、その青年が消えてしまった。

あら、見ちゃったよ、とおもって
店にはいったら、
フミエには霊感なんかないはずなのに、
「おー、寒い」と震えているじゃなぃか。

霊に遭遇すると、寒気がするというのは、
まんざらうそではないのである。

シックスセンスという映画でも、
主人公の奥さん、息がしろかったのでも
わかるとおり、世界共通認識なのだ。


 就職がきまって、不動産屋に勤めたのだが、
夜、11時ころ、フミエから連絡があり、
「なんか、気持ちわるい、せんせい見てくれ」と。

うちの前に不動産屋の車を横付けにして、
彼女はわたしの部屋に入ってきた。


「気持ちわるい」
というのは、おそらくなにか憑いていると、
彼女は察したのだろう。


わたしは、フミエの背中を押す。


左の肩甲骨あたりに霊道があるので、
そこを触るとなにかわかるときもある。


ところが、今日は「抜けない」のである。


そこから抜くと、わたしに憑依して、
そこで会話ができるから、
なんとなく、その人の過去が
読めるのだが、今日は、それができない。


そういう場合のほとんどが「生霊」である。

しかし、「生霊」と言っても、
悪いものとそうでないものがある。

わたしは、すこしかんがえて、 わかったのだ。

「フミエ、これ生霊だよ」

「え」

「うん、でもひとつも悪いものではない、
あ、これさ、山形のお母さんが
お前を心配しているからだ」
と、答えたその瞬間である。

フミエの携帯電話がなった。

「あ、ママからだ、こわ~」


こういう話はよくあることである。


どうも、フミエとは、そういうところで、
相性がいいのかもしれない。


店をやめて、かれこれ10年くらい経つが、
わたしはフミエに連絡などあまりしなかったが、
昨日、ふと彼女にラインを送った。


「突然ですが、今日の夜、暇ない?」



何年ぶりのラインだろう。あさの8時11分。



「あるけど。 なぜ?」

8時12分、おそろしいくらいはやい返事だった。

「暇で飲みからカラオケどうかな?」
と、わたし。

「んー、考えておく。先生、昨日電車一緒だったよね」
と、また不思議な返事。

「うっそー」とわたしがあいさつすると、
「三田線乗ってたでしょ?」

「乗るかよ」とわたしが返事をすると、
こんどはフミエが「うっそー」。

「青葉台にいたよ」

「ドッペルゲンガー」とフミエ。

わたしは「うっそー」。

「だから今連絡したんでしょ? こわー」

フミエは、もういちど「こわー」と言った。


そういえば、なぜか、

お、そーだ、暇だらか彼女を誘おうと、
今朝、きゅうにおもいたったのだ。


それは、彼女がわたしを三田線で見た、
というおもいこみが、わたしのなにかを誘発させたのか、
あるいは、ただの偶然か。

しかし、偶然にしては、よくできた話である。


けっきょく、彼女は、わざわざ板橋の仕事場から、
大岡山にまで来て、
風邪ひいているから、カラオケはしないと
言いながら、たらふく、よかばってんで飲んで食って、
けっきょく漫遊記で延長に延長をかさね、
二時間、声がかれるまで歌っていた。


しかし、ほんとうに、
フミエとは、みょうな関係である。


(この話は、ご本人に了解済みであります)