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残念な話

 学習部長が田中さんになってしまった。

もう、何十年もまえの話である。わたしがまだ

高校の教員だったときである。

 

 田中さんは、偏執的なところが多々あり、

学校で配られた弁当にも、「だれかがこのなかになにかをいれた」

とか言って、けしてみなの前で弁当を食べることをしなかった。

 

 具合のわるいことにおんなじ国語の教員だったので、

なおさら、ちくちく言われることもあった。

 

 なにが面倒なのかというと、

大学受験をするために推薦書というものを

担任が書かなくてはならないのだが、

その推薦書は、部長先生、副校長、校長、

すべての印鑑がおされないと発行できない代物だったのだ。

 

田中さんは、じぶんが正しいとおもったことは

けして曲げることをしない。

パラノイアだからだ。

 

案の定、わたしの推薦文は、田中さんのところでとまった。

 

なにがいけないかというと、

「〇〇ゆえ、推薦もうしあげます」というくだりだった。

 

田中さんは「推薦」の頭に「御」をいれなくてはいけないというのだ。

 

つまり、「御推薦もうしあげます」でないと正しくないらしい。

 

「ご推薦」「御推薦」どちらでもよいが、

これは文法的にあやまりである。じぶんの動作に「御」はつけない。

が、田中さんはこれが正しいというのだ。

 

で、うちの学校というのは、上の先生に逆らうということは

御法度である。「は、はぁ」とお代官様のごとくにあつかわなくてはならない。

 

だから、わたしは推薦書に、一字「御」という文字を欄外に書き足し、

欄外に一字訂正、そして押印をして提出した。

 

はらわたが煮えくり返るおもいである。

 

わざわざまちがった文章を、それも訂正して書かなくては。

 

屈辱以外のなにものでもなかった。

 

 

「田中先生様」と書かれたら、ぎゃくに愚弄していると

おもわれるのじゃないか、それほどの間違いなのに。

 

 そのパラノイアが部長のときに

わたしたちは、修学旅行の担当になってしまった。

 

 はじめて、両日、飛行機で九州に行く提案をした。

が、「田中は否決した」

 

その理由は、飛行機は危険である、というものである。

いままでに前例もないし。

 

過去の修学旅行は、行きは飛行機で、帰りは新幹線で博多まで行くコースか、

フェリーで一日かけて横浜にもどるかの二者択一であった。

 

行きに新幹線、帰りは飛行機というケースもあった。

 

が、わたしどもは、往復を飛行機でという案をだした。

金銭的にもそんなに遜色ないのが理由のひとつで、

最大の理由は、五泊六日の6日目に見学地が増えるというものだった。

 

しかし、田中は「飛行機は危険です。ま、行きか帰りに

飛行機をつかうのはいいが、往復はいけません」

という、理由のよくわからない理由をのべた。

 

しかし、学習指導部長との会議は

異例の数か月ににおよび、ついにパラノイアは折れたのだ。

 

そのときの、爽快感はわすれられない。

 

あの偏執狂がうなづいたのだ。

往復飛行機、この学校はじまっていらいの快挙である。

 

その最後の会議が七月のなかごろだったとおもう。

夏休みにはいる少し手前だった。

 

が、話は急にかわったのだ。

 

九月にはいっての最初の会議で田中から

往復飛行機は急遽否決されたのだ。

 

そしてわれわれはそれに対してひとつも

抵抗ができなかった。

 

8月にJAL123便が御巣鷹山に墜落したからである。