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 高校時代の友人に白浜君がいた。
白浜は仮称である。あだなは「牛」。
色白で、ふくよかな体型であった。
同級生だから、いま生きていれば同い年である。

 とにかく金持ちの御曹司で、
当時、まだ流行り始めのテニス部に所属。

 そのころは、ジミーコナーズとか
ビヨン・ボルグが有名だった。
ハイライトが120円の時代である。

 ドネイとかいう会社のすこぶる高級なラケットを
かれはもっていた。むかしは、テニスラケットというと、
すべて木製で作られていた。

 わたしの高校は「私服あり」、だったので
白浜君はいつも、アイビールックの先端を着飾っていた。
ジャケットの胸にやたらと目立つワッペンのようなものを
オプションで貼り付けて、
「これ、7000円したんだぞ」とか、
白浜君は、毎回値段を宣告していた。

 たかが、ワッペンに7000円、
そのころのわたしのセーターが5000円しなかったから、
なんと、無駄なこと。
セブンスターが150円のころである。

 村上春樹が、高度資本主義の最大の美徳は「無駄」である、
とか書いていたが、それを地でいっているヤツだった。

 ある日、かれは、金色の革時計をはめてきた。
ひどく薄型の、白のフェイスに、はっきりと覚えていないが、
針の形状は、ドルフィンでもなく、バトンでもなく、バーでもなく
ペンシルでもなく、ブレゲでもない。
たぶん、リーフだったような気がする。


「見ろ、これ。15万円したんだぞ」

と、腕を突き出して我われにそれを見せつけた。
 わかばというタバコが80円のころである。

 
 教室のみんなは、驚嘆のまなざしで、
その時計に注目した。
金持ちをひけらかすのがかれの日常なので、
そこにはいやらしさがほとんどないのだ。

 ほんとうの金持ちは、金をみせびらかしても、
また、それを誇らしげに自慢しても、
そんなに嫌味ではないと、
そのときは、そうおもっていた。

 体育の時間である。教室で体操服に着替えていたときだ。

白浜君は、こともあろうに、
その15万円を床に落としてしまったのだ。

 「あぁ」

 かれは、大声を張り上げた。

 そして、金無垢の高級品を取り上げ、
白浜君、目をひん剥いて叫びだした。

 じつは、床に落としたショックで、
ガラスの中で長針が取れてしまったのである。

 白浜君、分針が取れた、と言いたかったのだろう。
だが、かれはそのとき、こう叫んだんのだ。

「フンガー・フンガー・フンガー」

そう言いながら、時計を両手でつかみ、
着替えているわたしに迫ってくるではないか。


「フンガー・フンガー」

 わたしは、その迫力に後じさりするだけであった。

 かれのあだなは「牛」である。