「ついにメロメロの爺さんか」
開口一番、野田さんはそういった。
なにが言いたかったのかわからなかったので、
黙っていたら、
「あんな孫の動画なんてか送ってきてよ」
「あ、わかった、あれね」
「そーよ、なんにも動かなねぇ動画を送ってきて、
人んちの孫なんか見てもおもしろくねぇよ」
「そうでしたか、それははすみませんね」
「そーよ、みんなに話したけれど、みんなバカじゃねえかって、
そう言ってたぞ、おれだって、おれの孫の写真とか、
君に送ったことなんかないだろ」
「そうでしたね。はいはい、すみません」
わたしは、このとき、じぶんの初孫の写真や動画は
ひとに送ってはいけない、ということを認識するのである。
ひとの孫なんか、おもしろくも楽しくもないのである。
今日は、店を休んでNさんと沼津まで釣行である。
運転はすべてわたし。わたしの車。
野田さんが車を出したことは、いちどもない。
くしくもわたしの車が左ハンドルに
なってからは、Nさんはいっさい運転をしなくなった。
となりに、足を組んでどでんと乗っかってくる。
わたしよりも10歳も人生の先輩だから、
ここは、がまんである。
それでも、往復のガソリン代と高速代で3000円くれる。
これは、10年前とおんなじ。
「ね。沼津往復、8700円かかるんですよ、
この3000円っての、4000円にならない?」
と、わたしが恐るおそるお伺いをたてると、
「うるせぇな、昔から3000円って決まってんだ、
おれはこれしか払わねょえ」と、却下。
10歳年上の先輩だからしかたない。
川崎に野田さんを迎えに行って、荷物を乗せ、
東名高速にはいる。
野田さんは、饒舌というより、おしゃべりである。
話がとまらない。
「このあいだよ、料理屋いったら、な、おれ、
鍋好きだからよ、したら、上手に飾ってあんだよ。
で、ずっとみてたら、なによ、つゆがインスタントじゃねぇか。
もう、びっくりで、もうおれあそこの店行かねぇんだ。
おれは、鍋にはうるせぇんだ」
と、エンエン話したときに、わたしが、
「野田さん、鍋じゃなくてもうるさいよ」
と、言ったら、
「なんだとぉ」
とか、ものすごく怒っていた。
今日は、車に乗るや、
「昨日な、近くの乗り物の博物館に孫つれていったんだよ。
女の子なのに、好きなんだ。
子どもだけじゃなくて、電車なんか好きな大人だったら、
楽しめるな。でよ、バスに乗せたら、
はじめて乗ったみたいで、気に入っちゃって、降りるよって
言っても降りないんだ。だから、無理やり降ろしたら、
えーんえーん泣いちゃってな」
「いくつ?」
「ん。2歳。で、おもしろいんだ。ナツキさーん、って呼ぶと、
はーいって手を挙げるんだよ。いま、保育園行ってるから、
そこで教わるんだな」
「ふーん」
野田さんは、もうひとりのお孫さんの話もはじめ、
その子も「アイナさーん」って呼ぶと挙手をする話をして、
相好を崩しながら、沼津までエンエンお孫さんの話をやめなかった。
今朝、わたしは、かれから、
ひとの孫の話なんてつまんねぇよって聞いたばかりの
朝であった。