田園調布親睦会館にゆく。
雨。
あつみ姉さんが事務員としている。
ここの会館の一隅に田園調布グリーンコミュニティの
事務所があって、そこが、なんだかおかしいというので、
わたしが見にいったことがあった。
担当者がぞくぞくと具合が悪くなるという。
わたしにそんな力がないけれども、
お役に立てばということで出かけていった。
と、驚くことに、畳の部屋なのに、みな、土足であがっている。
そして部屋もすこぶる汚い。
そして、もっと驚くのは、窓の外に、なにやら得体のしらぬ
不気味さがただよっている。なんだろ。
たぶん、子どもの霊かも。
で、あつみ姉さんに訊いてみた。
「この窓の外ってなんか水が出てなかった?」
「えっとさ、昔、そういえば井戸があったらしいよ」
そーか、その井戸のまわりで遊んでいた子達が、
この部屋を通り抜けているんだ、けれども、
その部屋がこんなに汚れていたんじゃ、
なんとかしてくれって、そう言っているのかもしれない。
わたしは、おもうままに、この話を姉さんに話した。
彼女が信じるかどうかはわからない。
が、こういうことがわかるのは、
とりあえず、わたしだけなのかもしれない。
で、いまでは、その部屋は土足厳禁、
部屋もかたづいてすっきりしている。
病人も出ていない。
であるけれども、なにか、さいきん、この会館が気になってしかたない。
だから、わたしは電話をして、
いちど、ここを見てみたいと申し入れたところ、
快く姉さんは了承してくれて、
「それなら、見てくれる?」ということで、
この月曜日にグリーンコミュニティを見に行った。
と、どうだ、まだ、さわやかな風がしずかに流れているではないか、
なんにも心配することはなかった。
「だいじょうぶ、取り越し苦労でした」
と、わたしはあつみ姉さんに申し上げ、会館を出ようとしたら、
姉さん、「どう、夕飯、なんか取ろうか」ということで、
わたしは、銀寿しをおごってもらうこととなった。
たいそう満腹になったところで、いちど洗面所にゆき、
これから、月曜日のバドミントンに行こうとしたとき、
わたしは、ものすごい咳に見舞われたのだ。
この咳は、病気ではない。
「なにかがある」ときの兆候なのだ。
それは、トイレの向かいにある部屋だったのだ。
そこは、納屋のような場所で、子ども用の神輿が安置されていた。
が、その神輿は斜めに保管され、かつ、「火の用心」の
旗指物がやはり斜めにその神輿にもたれている。
その奥は、ものでいっぱいである。
わたしはそこで見てしまった。
ものすごい数の子どもの目である。
恨んでいる。怒っている。
おそらく昭和初期か、二十年代の子どもだろう。
ぼくたちの場所を汚さないで、そんな叫びのようなものを感じた。
わたしが、親睦会感に行かねばならないと感じたのは、
この部屋からの要請だったのだろうか。
とにかく、わからないことだらけだが、
どこかで、むかしながらの独楽を用意して、
この場所に置いて、あの子たちに遊んでもらうおうか、
そうおもっている