この数日、よくものを忘れる。
一昨日は、免許証をわすれて練馬に行ってしまった。
いわゆる「免許不携帯」である。
ま、これは違反や事故を起こさなければ、もんだいない。
ふだんは、どうか追突してくれって頼みながら
運転しているのだが、その日にかぎっては、頼むからぶつけないでくれ、
って願っていた。
追突でもしてみろ、もう痛がる、痛がる。
う~、とか言って、過剰にぶんどってやる。
それが、貧乏人の底力だ。
また、警官に止められても、
「任意ですか強制ですか、強制ならその罪を言ってくれ」
っていえば、だいたいは免許証を見せずにすむ。
で、はたまた、きょうは、長財布をわすれてしまった。
蕎麦屋に入って、いざ「おわいそ」のときに財布のないことに気づく。
やや青ざめる。
それまでは、練馬で、550円で「たぬきそば」の食べられる、
とても良心的な店をみつけ、よろこんでいたのに、財布がない。
が、きょうは、わすれず免許証を持ってきたから、
そこに、いざというときの隠し金1000円をもっていたので、
難をのがれた。
カバンの底をさがすと小銭いれはあったから、
まだ1000円くらいはありそうだ。
で、この蕎麦屋であるが、「たぬきそば」に、「カレー南蛮」と、
試してみたが、あとは、「もりそば」である。
あるいは、「ざるそば」、いずれかである。
値段のわりに、そこそこの味なのだ。
ところで、「もり」と「ざる」とは、
ただ、海苔がふりかかっている、だけではない。
上質の蕎麦屋なら、「ざるそば」のほうが、つゆが濃いのである。
だが、ケチくさい店だと、おんなしたれである。
ちなみに、蕎麦屋のよしあしを見極めるには、
「たまごとじ」がもっともよいらしい。
なぜなら、「たまごとじ」は、たれを濃くするものだそうで、
そうすると店の味がひとめでわかるという寸法である。
わたしはまだ「たまごとじ」を頼んではいないが、
こんとば、「もり」か「ざるそば」を頼もうとおもって、
おもいきって店の店員さんに訊いてみたのである。
それが企業秘密ならしかたない。あきらめる。
つまり、「もり」と「ざる」とつゆはおんなしかどうか。
わたしは、免許証のなかに折りたたんである1000円を
渡しながら、その女性に訊いてみた。
「えっと、答えられなければいいんですが・・え、もりと・・・」
「はい」
こともあろうに、わたしはここで失語したのである。
免許書、財布、そして語彙、毎日なにかを忘れるのである。
それは、「ざるそば」という言葉が、その瞬間、
すっかり脳から消え去ってしまったのだ。
で、とっさに言ってしまったのは、
「あの、『もり』と『かけ』とはおんなじつゆですか」
「あ、いえ、ちがいますけれども」
「あ、ど、どうも」
わたしは、軽く礼を言ってから店を出たのだが、
そのあと、すこしかんがえたら、
わたしは、とんでもない
愚問をしてしまったことに気づいたのだ。
「もりそば」と「かけそば」ってつゆちがうにきまってるじゃん。