むかし、「天才たけしの元気が出るテレビ」があった。
どんな内容だったか、知悉しているわけじゃないけれども、
あの頃は、よくテレビを見ていた。
今、テレビを見る、という行為は皆無である。
まったく見ていない。
三階では、妻が録画をしているものもあるので、見れば、
ほとんどお笑い芸人が司会をつとめている
三流のわらいの番組ばかりだ。
「元気が出るテレビ」でいまもおぼえているのは、
「傷心バスツアー」である。
恋のおわってしまった女性、じぶんから捨てたのか、
あるいは、捨てられたのか、
その心を癒すためのバスツアーが企画され、
数名の女性が参加、バスで高原の湖にいく。
そして、その湖に、おもいでの品を抛りなげ、
「バッキャロー」
「さようなら」
「もっと素敵な恋をしてやるぅ」
と、さまざまなセリフを言う。
写真立てを投げたひと。
人形を捨てたひと。
宝石箱。
そして、ペンションにもどり夕食である。
「どうですか、みなさん、すこしお気持ちが晴れたでしょうか」
進行係のアナウンサーが聞く。
「はい、すっかり晴れました」
と、口々の声。
たしかに、参加者には、
憑きものから開放されたような、
なにかさっぱりとした表情がみなぎっていた。
「じつは、きょう、特別ゲストをお呼びしています」
と、実況のアナウンサーがカーテンを開く。
そこに現れたのは、
なんと電子ピアノと沢田知可子だった。
そして、なにも言わずに歌いだす。
♪ビルが見える教師で・・・・
♪今年も海に行くって いっしょに映画に行くって
約束したじゃない・・・・
♪ 会いたい~
このときのテーブルは、
涙でぐずぐずに崩れた女性たちの映像であった。
ね。
恋にやぶれ傷ついた女性に、
泣きっ面に蜂、追い打ちをかけるようなこのアッパーカット。
そして、視聴者はこれを見ながら腹をかかえて笑ったのである。
むかしは、こんな番組があった。
いまなら「けしからん」と、抗議殺到かもしれない。
しかし、しかしだ。
そのくらい、ちょっと前までの国民は強かったのだよ。
どんなに、精神的にいじめられても心の奥底では、
それに打ち勝つ「こころ」をもっていた。
いまは、♪きみをわたしが守るから‥
とか、背中を押されたとか、
個人情報とか、セクハラとか、
とにかく、一個体が軟弱になっているのは間違いないことだ。
こんなことでは、政府のいいなりになってしまうぞ。
一人ひとりが弱く、そしてみずからの主張を失った
そこに現前するのは「全体主義」しかないのだよ。
ヒトラーやムッソリーニの時代がそうだったように、
デモもしない、騒がない、そんなときに「安保法制」や、
原発再稼働、声を大にして反対しないから、
すでに、全体主義的な潮流がまさに起ころうとしているではないか。
少なくとも、沢田知可子の「会いたい」の時代まで、
遡行することはできないものだろうか。
あの時代、流行っていた歌は
ほかには、たとえば「はじまりは雨」だったな。
あれ、あれアスカだ。だめじゃん。