店を閉めて自転車に乗ったところに、
学生風の4人が立っていた。
「うち、に、ですか?」
と、わたしが訊くと、四人はにやにやしながら、
「え、ま、そうですけど」
と、煮え切らない物言い。
すこし躊躇もあったが、わたしはこころよく
というより商魂たくましく四人を迎え入れた。
準備に時間がかかるが、いいといったからである。
四人の学生さんの三人までが、
リクルートスーツ姿であった。
いま、ちょうどそういう時期なのである。
ひとりが、つけ麺、あとはまぜそば、ラーメン、
おひとりだけ、ミニラーメンだった。
ミニラーメンとは、お子様メニューである。
しばらく待ってもらって、お湯の準備が整い、
すべてをお出ししたころに、わたしはミニラーメンの方に
訊いてみた。
「量、足りないんじゃないですか」
「明日、検査なんです」と、かれ。
「検査、あ、就職のための?」
「はい、ぼく、悪玉コルステロールが高いんで、
いま、我慢しているんです」
「えー、そんな若さで、だいじょうぶでしょ」
「いえ、数値が、もうすこしで薬を打たないと
いけないくらいで」と、かれは、すこし微笑みながら答えた。
じぶんのことを、まるで他人ごとのようにしゃべるひとだ。
「あ、それ糖尿病になるやつですね」
「そうなんです」
あとの三人の学生さんも、この会話に笑っている。
「糖尿病って、目が見えなくなったりするんですよ。
それから、足先から壊死したり」
「それは聞いています」
「こんなね、注射をダイヤル回して腹にじぶんで刺したり
するんです」
「ご経験があるんですか」と、学生さん。
「いえ、ありません、ありません」
いけね、学生さんとはいえ、お客さんだ、
そのお客さんに、こんなことを言ってはいけない、と、
いまごろ気づくが、後の祭りだろう。
そういえば、このあいだ大学の同級生のミーコが
息子さん連れてきたときも、わたしは余計なことを
ずいぶん言ってしまった。
「もう、きみ就職?」
「はい、警官になります」
「へー、どこ、県警?」
「いえ、警視庁です」
「あ、東京か、よく受かったね、そういえば、
このあいだ、川崎で、警官撃たれたね、四発」
「えー」と、細い声で悲鳴をあげたのはミーコだった。
「だいじょうぶだよ、ミーコ、銃撃戦は、あさま山荘以来
まだ、ないから、あ、あのとき、ふたり殉職したな」
「えー」と、またミーコ。
「でも、殉職すると二回級特進だから」
「えー」と、ミーコ涙ぐむ。
「あとな、拳銃撃つときはね、たんぼのなかとかダメだよ。
薬莢をさがすまで帰れないから」
「そうなんですか。はい」
「たんぼで撃ったらいけないんだって」とミーコは
繰り返す。
「なに、危なくなったら、逃げればいいよ」
「そーよ、あなた危なくなったら逃げなさいよ」と、
息子にむかって彼女は言った。
どうも、過保護に育てたらしく、じぶんの息子が警官になることを
そんなによろこんでいないみたいだった。
すこしおそろしいことを言いすぎたと、
このあと、いささか反省する。
わたしは、明日、検査の学生さんが、
まるで、もうすぐに糖尿病になるような話をしてしまって、
あ、まずいなっておもったのだが、
なんとか、フォローする言葉はないか、
わたしはその言葉を探したのだ。
「でもね」
「はい」と学生。
「壊死っていっても、徐々にですから」