いつも陽気な薬屋さんが来た。
店に数ヶ月、さまざな薬を置いていって、
使ったぶんだけ支払うという、いわゆる富山の薬売りの現代版である。
「あ、社長、お元気そうで」
と、満面の笑み。
ちょうどそのとき、タッパーの蓋がすべて変形しているので、
クレームをその会社に陳情したら、なんと、すべて交換してくれる、
というありがたい返事、そして、その新品のタッパーの蓋が
宅急便で届けられたときであった。
「社長なんです、それ」
゜ あ、これね、タッパーの蓋が変形したから、
すべて取り替えてくれたんです。ね、こんなふうに、
無料で、誠意をもってしてくれる会社もあれば、
何ヶ月にいっぺん来て、なにが欠けているて
金ふんだくる会社もあるんですよ」
「あ、痛っ、痛っ。それ言われると・・」
多少にくまれ口を叩いても平気なひとなのだ。
「さ、薬しらべてくださいよ」
「あ、はいはい」
と、薬屋さんは店の奥に行ってごそごそ薬箱を取り出す。
狭いところなので取りにくいのだ。
えっと、とかれは、薬箱からいちいち薬のバーコードを
チェックしながらなにがあって、なにが使われているのか
調べ始めた。
「きょうは、なにも使われていないようですね」
「あ、じゃ、きょうはただですか」
「はい、そうです」
「なんか、無駄足だったですね」
「いや、そんなことありません。社長。
ところで、どうして『しま坂』という名前なんですか。
わたし、そういうこと興味ありまして」
「これ、会社の名前なんです。志麻坂企画」
「はぁ、なぜ志麻坂と」
「うちの坂の上に岩下志麻さんが住んでるんです。
で、わたしの家って坂の中途なんで、坂には
名前があるといいと10代のころからおもってまして、
だから、わたしは、勝手にじぶんの坂を志麻坂と
呼んていたんです。それがそのまま、店の名前になった、
ま、そんなところです」
「はぁ、面白いですね。じつは、私の名前は「ジン」というんです。
それも、なんだか、ふらっと来たひとに、名前なにがいいですかって
うちの親が聞きましてね、それで決まったんです。
ですから、わたし名づけたひと知らないんです。
テキトーにつけられたから」
「ジンってにんべんの?」
「そうです」
「中山仁の仁ですね」
「そうです、で、きょうはラーメンいただこうと
おもいまして」
「はい、あ、そうですか、それはありがとうございます」
と、わたしも急に態度が変わる。
ちょうど、お湯もあたらしくしたところだし、
コンディションはよいところ。
「じゃ、とくべつに玉子と海苔サービスいたします」
と、どうだ、この変わり身の速さ。
薬屋さんは、ラーメンのスープまでけろりと飲み干し、
800円を払い、わたしからは、1銭も受け取れず、
愛想よく帰っていった。
帰っていったあと
カウンターには、またあらたに薬箱が置かれていた。
裏の置き場に戻し忘れのだ。
「おい、戻しておけよ、ジン」