ひさしぶりにナナコが店にきた。
ユウ君もいっしょだ。
「なんかお前疲れてるなぁ」
「疲れたよ、あ、これ、うちにあった柿とほうれん草。
もう使わないからもってきた」
「あ、柿、うれしい」と、店の奥からナナコの母がいった。
「食べる? ユウ君も」
「あ、ぼく柿苦手なんです」
「でも、剥くわ」と、ナナコの母は板場にもどった。
「あのフライパンどうよ」
「うん、あれ、すごくいい、上手に焼けるよ」
「はい、あれ、いいです」と、ユウくんもうなずいた。
「うちにはないけどね」
と、ナナコの母が包丁を動かしながら言う。
「そういえば、あの風呂のマットはどうだ」
「あれ、あれもいいね」
「だろ、珪藻土マット。おれも使ってる」
「うちはないけどね」と、またナナコの母。
「お前、ミルキーがおしっこするからいらないっていったじゃないか。
ところで、お前たち、明日から沖縄だろ」
「は、なんで沖縄、タヒチだよ、タヒチ」
「え、沖縄じゃなかったんだ」
「ボケてんじゃないの」とナナコ。
ああ、これは禁句である。
ほんとにそろそろボケがはじまっている父にたいして、ビンゴなひとこと。
「ボラボラ島行くんでしょ」と母。
「うん、たぶん」
「インターコンチに泊まるんだって」と母。
わたしは、そのときナナコの隣にすわって、
もう、しなびてしまっているほうれん草と、
その横におかれた柿をみていた。
と、それは柿ではなく、トマトだった。
「なんだい、これトマトじゃん」
「そうだよ、よく知ってんね」
「ばか、当たり前だろ、トマトくらいわかるわ」
「ちがう、インターコンチの話」
「ちょっと、頭おかしいんじゃない」
とナナコの母が情けなさそうに笑った。
「あ、トマトの話じゃないのね」
「柿とトマトとほうれん草持ってきたの、明日からいないから」
たしかに、ナナコは明日からいない。
明日は、若いふたりの新婚旅行である。
ようするに明日は、わたしの二番目の娘の結婚式なのである。