Menu

お得なアプリでクーポンGet!

店舗案内

田中さん武勇伝

田中さん(仮名)をつれて自由が丘を通った。

 釣りに行く途中、忘れ物をしたわたしの拙宅に
もどるところだった。


 「自由が丘か、懐かしいな」

 「そうなんですか」

 「おれはよ、美容院の女とつきあっていたんだ」


ここから、田中劇場は独り舞台となる。

 「でも、おれには妻も子どももいてな。
それ、ないしょでつきあっていたんだ。
ところが、バレちゃってよ。
 その子と会ったあと、そいつは、おれんちまでつけてきて、
仕事の休みの日に朝から、隠れて見ていたんだよ。
そうしたら、おれはサラリーマンだから、仕事に行くだろ。
そんときにそのときの母あとチュなんてして、
子どもも抱いてるんだよ、それ全部見られてさ。
それから、しばらくしてその子に会ったとき、
ジュークボックスあるだろ、そいつなにかけたとおもう。
中条きよしの『うそ』だぞ。
それで、おれもわかったんだよ。なんでわかったんだって訊いたら、
そいつと歩いていたとき、
向こうから、若い母親が子どもを抱いていたんだな、
それ見て、おれが、お、かわいいなって言ったんだって、
でも、そのとき、あれ、一歳6ヶ月くらいだなと言ったんだよ、
子どものいないやつなら、あれが一歳6ヶ月なんてわかりゃしない、
そうあいつはおもったんだって。
このひとには、子どもがいる、そう感づいたらしいよ。
それで、こっそりあとつけてさ、みんなバレバレよ。
でも」

田中さんは、また続けて言った。

「その子とおんなじ会社の子とも、同時期、つきあっていたんだ。
ハ・ハ・ハ、おれが喫茶店に行ったら、そのふたりがいっしょに座っているんだ。
あ、もうおしまいだなっておもったよ」

「それで、どうしたの」

「うん、その子が、わたしを取るの、この子を取るのって訊くんだよ」

「ふーん」

「だから、おまえも知ってんだろうけどよ、おれはに妻子がいるから、
どっちも取らねぇよって言ったやったよ。
その子、仕事辞めて、北海道帰るっていうとき、
奥さん捨ててわたしと来て、とか泣くんだよ。
いいスタイルしてたな。すらっとして顔はどうでもいいけどよ」

「田中さん」

「なんだよ」

「あなた、指つめたほうがいいよ」