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ていうか症候群

 ラジオで「火垂る」の監督、

三二歳の女性がインタビューをうけていたが、

あなたは人と協力してこなかったんでしょうか、

という問いに、協力っていうか、

うまれつきそうだったんですね、という受け答えをしていた。

 

ていうかという言葉遣いは若者のテクニカルタームかとおもっていたら、

三二歳の映画監督も使うのかとちょっとびっくりした。

ていうか、という使い方は相手の発信内容をとりあえずかるく否定して、

それでも内実は全面否定なのだが、

そこにじぶんの持ち合わせの言語と置き換える作用がある。

 

だから、ていうか、の前後の内容はけっして逆接でなくてもいい。

この言葉には、相手の具有する言語感覚をまったくうけいれない

若者特有のライフスタイルがあり、他者と共有できない精神構造がある。

この精神構造は、じぶんの持つ言語感覚に引きずってこようとする、

あるいは、じぶんの持つ語彙のみの存在を許しているという

自己本位的精神活動である。

 

これは自我のめざめといった安定した精神とは

おおよそかけ離れているもので、ほとんど病気、ていうか症候群である。

 

 じぶんの空間環境を他と共有できない、

ていうか症候群は、電車の中で大股ひろげて座っている

若者を見ればすぐ了解することで、ちょっと文句でもいえば、

つめてもらえませんか、てめぇー、ぶっ殺すぞ、こんな具合だ。

 

 

 スモークシールドを貼っている車をよく見かけるが、

運転手の顔も見えない、中がみえないからこちらは予知予測もできない。

いまから本線に進入しようとしているのか、

駐車しているのか、挨拶したのか、しないのか。

なぜ、あんなに車内を黒くしちゃうのかといえば、

車社会にじぶんを共有できないからなのであり、

ここにも、個にとじこもってしまう、

ていうか症候群の症状が見られるのだ。

 

二〇年前に、集団のなかにいながら集団と関われない人の状況を、

大衆離群索居、と呼んで問題になったことがあったが、

このていうか症候群が二一世紀現代の新しい大衆離群索居の現状なのである。

 

つまり、ていうか症候群は日常の生活行動からはじまって

言語活動にいたるまで、あらゆる領域に根強く

はびこってしまった病巣なのである。

 

そして、この解決法はいまだ見いだされていない。

なぜなら、ていうか症候群と呼んでいるのはわたしだけで、

まだ世の中で認知されていないからだ。

症候群の認知がなければ、

解決法も処方箋も予防策も存在しない。

 

でも、わたしはこの原因を知っている。

スキンシップが足りなかったのである。