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白崎くん

 

 高校時代のおなじクラスに白崎君がいた。

かれは社長の御曹司だということで

いつもぜいたくだった。

お父さんの会社は、資本金がいくらなのか、

従業員が何人いるのか、どれほど景気がいいのか、

有限か株式か、それほど仲がよかったわけでもなかったから

まったく知らなかったが、むすこだけは芦屋の

令嬢にひけをとらないくらいのはぶりであった。

 わたしの高校は東京のはずれの公立高校で、

学生運動もややおさまり、

その風潮がこちらにもながれていたのか、

自由の気風が校内に漂っていた。

だから制服もない、みんな、当時流行っていた

I・Bルックやハマトラファッションを着こなし、

青いマディソン・スクウェア・ガーデンの

半円形のかばんで登校していた。

当時から変わりもののわたしは、

もちろん、I・Bもハマトラも

マディソン・スクウェア・ガーデンもしらなかったが、

白崎君はキャメルの (らくだ色なんていったら失笑をかう)

ブレザーにオリジナルのエンブレムを

(ワッペンなんていったらバカにされる) わざわざくっつけ、

アンアンのグラビアから出てきたような

I・Bファッションでびしっときめて通学していた。

あのエンブレムがたしか七千円したと言っていた。

そのときのわたしのセーターは三千円だよ、そんな時代に。

 

まだテニスなんていうと軟式しかなかったころ、

ドネイという会社がウッドの硬式ラケットを発売、

爆発的に売れたころ、かれはちゃんと硬式テニスを趣味にし、

ビヨン・ボルグさながらどこぞのクラブチームに所属していた。

たぶん、ドネイを使っていたんだろう。

 

リッチマン白崎君のあだ名はウシ、

あだ名だけはちょっと景気悪いが、

たしかに色白で、やや太っていて、パーマをかけていて、

鼻筋がとおって、下くちびるが突き出て、

巻き舌でしゃべって、ウシと言われればたしかにそうかもしれなかった。

 

ある日、ウシは薄っぺらな腕時計をしてきた。

みろよぉ、これぇ、十万円するんだぞぉ。

文字どおり鼻高々にかれはわれわれに

そのその時計を見せびらかした。

いまから50年前のはなしだからびっくりだ。

十万円なんてお金、ひょっとすると家の一月の家計ぐらいの値段、

われわれには、会話にのぼったこともない未知の金額であった。

へぇ、すげぇーなあ、みんな、

よってたかって白崎の腕の近くにたむろした。

よせよ、よせよ、さわるなよぉ。

なんだよ見せびらかしたくせに。

わたしは、そばでちょっとみせてもらったが、

白い文字盤に長針と短針しかない金時計であった。

ああいうのはうんと高いか安いかのどっちかだ。かれには脱帽だよ。

 

ちょうどその日、体育の時間があった。

教室で着替えていると、若社長、どうしたことか、

この高級腕時計をぼとっと床に落としてしまったのだ。

ああっ、といって拾い上げた白崎は、

文字盤を見て目をまん丸くしている。

落としたショックで短針がとれてしまったのだ。

かれは時計を両手で抱えながら時計にむかい騒ぎはじめた。

分針が、って言いたかったんだろう、

ふんがぁ、ふんがぁ、ふんがぁ、

そういいながらわたしににじり寄ってきたのだ。

ふんが、ふんが、言う白崎からあとずさりしながらわたしはおもった。

だからウシなんだ。