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冷蔵庫狂乱

 汗をたっぷりとかいて風呂につかる。

冬にアイスクリームを食べるのもオツだし、

真夏にゆっくり風呂につかるのもオツである。

さっきの汗とはちがう汗が流れている。

ずっとなんにも水分をとっていないのだ。

のどは熱風のサバンナの砂、

冷蔵庫の扉をあければ瓶と瓶とがぶつかる軽い音。

室内はしずかな冷気がただよい、うっすらと灯る室内灯が上から

2段目に安置されているビールを誘っている。

昔からあなたを待っていましたよ。そのひとつを取り出すと、

カーンと無機質なつめたさがてのひらに伝わってくる。

 

あっというまに水滴がうまれ、

いよいよクライマックスの序章がはじまる。

プルリングにゆびをかけ、そして引く。

草原をかけめぐる夏の風、獅子座流星群の無数の星、

さあ、なにもこばむ必要も理由もない、

いままさにわたしに与えられた至福の時間が

はじまるのだ。無防備なのどを通る踊り子たち、

黄金の小麦畑は胃の腑にかけおりてゆく。

 

そんなときだ、冷蔵庫の食品たちのささやきがきこえてくるのは。

ビールは回転がいいから、すぐ出番が来ていいなあ、

腐りかけたにんじんや黒ずんだバナナが。

わたしたちは、20年このかた値段があがらなくてねぇ、

そうよねぇ、おしゃべり好きの議論ぎらいの鶏卵おばさんたち。

それじゃ竿竹とおんなじだな、

ナイフのあとをくっきりつけた老練バターは独り言のようにつぶやく。

ししゃもが言うのさ。ごめん、ぼくはししゃもじゃないんだ。

 

おまけに腹にたまっている卵、あとから人間が注射器でいれたものなんだ。

いままで隠してきて悪かった。学歴詐称のししゃも。

ねぇ、わたしいくら歳をとっても、

醜くも陳腐にもならないでしょう、

どう。と、赤いハットのきどったマヨネーズ。ふん、

防腐剤だらけじゃないか、とバターが口をはさむ。

森光子とおんなじじゃよ。

 

と、その階下でやたら激昂しているものがいる。

だから、○△×だろうが、

えぇ、こちとらそれじゃ、おさまりつかない、

で、△×と言ったんだい、あまりの語気のあらさにことばがかえって

聞き取れない、何者か、そうっとそばによってみる、

と、なるほどパッケージにはこう書いてあった。

 

切れてるチーズ。