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マフラーを巻いて

ずいぶん前のはなしである。

わたしは、冬が好きである。

それも、都会のメタリックな寒さが好きである。

 

ことしはは暖冬だと言われていたが、

このところひどく寒い日が続いている。

寒い日の外出にはマフラーは欠かせない。

オノマトペ、擬音語のこと、を使って文章を書くのはあんまり

よろしくないと言われているが、

寒い日はきーんとからだにひびいてくる。

(きーん、というのは寒い日を表現する便利なオノマトペである)

 

きーんと冷えた人通りのすくない商店街を

マフラーをしっかり巻いてコートの

襟を立て早足で歩くと、ぞくっとなんだか懐かしい

悪寒のようなものが走って、

かえって心地よい。

わたしの高校時代の冬は、

ちょうどこんな冷たい冬だった。

もう五十年ちかく前である。

当時は、マクレガーなんていうブランドが

まだはやっていたころで、

グラスにピエールカルダンのマークがあったり、

アーノルドパーマーやゴールデンベアのワンポイントを着たり。

高校生たちはマディソンスクウェアガーデンの

半円形のかばんを提げ、

アイビールックの全盛、ちょっときどった連中は、

ハマトラでキメていた。ファッションにうといわたしは、なにが、

ハマトラなのか、アイビーなのか、皆目わからずに、

濃紺のかばんを持ったボタンダウンとキャメルの

コットンパンツのともだちの横にちょこちょこくっ付いて

街を歩いていたものだ。

 

いつの日だったか、きょうみたいな張りつめた寒い夜だった。

おなじクラスのともだちにつきあい、

やたら大きな屋敷に連れて行かれた。

大事におもわれたものだ。すくなからず、

高校生のわたしたちにも、

不安定な社会における不安定なじぶん

自身の精神状態をなんとなく感じていたので、

つきあう、という行為によって仲間意識を

確認しながら刹那的にでも、その場を落ち着かせていたのだとおもう。

 

この大豪邸は、彼の友人の家だという。

その友人は高校には行っていないみたいだ。

居間に通されて、クラッシクを聴かされた。

彼らはリコーダのグループを作っているくらい

音楽好きなのだった。わたしは、

当時は、吉田拓郎とか古井戸をコピーしてギターで

がちゃがちゃやっていたころで、

クラッシクにはなじみがなかったのだが、

大型のステレオの真ん中に置かれたオープンリールは

ゆっくりとバロックを奏でていた。

ずいぶん立派なデッキだね。

 

わたしが、ひとりごとのように言うと、屋敷の御曹司は

あ、これ、君んとこの音楽室のだよ。

このあいだ持ってきたんだ、こいつと。

 

ああ、けっこう重かったな、このあいだの土曜日だよ。

 

そういえば、ついさいきんオープンリールが

紛失したとかで、音楽の先生が激怒して、

警察が調べに来ていたことをおもいだした。

鑑識まで来ていたけれど、そーか、

あのデッキはここに来ていたんだ。

わたしたち三人は、そのデッキを眺めるとでもなく

ぼんやりとたばこをくゆらせて、

月が冴え澄む冬の一夜を送ったのである。

 

わたしたちの高校時代は、ちょっとむつかしくいうと、こ

んなふうにアナーキーでデガダンだった。

 

シベリア寒気団の研ぎ澄まされた

尖端がわたしの顔にささりつけるこんな日は、

マフラーで身を守りながら街を歩くわたしに

原体験のような記憶が蘇ってくるのだ。