Menu

お得なアプリでクーポンGet!

店舗案内

親の役目

 親には親の役目がある。

「お父さん学校つまんなかったよ」

と、息子がわたしに言ったのは、

もう高校卒業間近の自由登校のころだった。

いままで、三年間ほとんど休まず学校に行き続けた

息子の口からこんなことばを聞くとはおもっていなかった。

ま、たとえもっと前に、学校がつまらない、

と息子から言われても父親としては

どうしてやることもできなかったのだが。 

学校がつまらない原因は、

学校にうまく参加できなかった本人にあるわけだが、

うまく参加しても学校が本人に対して無反応、

あるいは無視したら、それは学校にある。

もし、本人の能力と学校の受容力がおたがい欠如していたら、

そのときは、お互いがおたがいを非難するだけの、

解決策がないままの、いわゆる典型的な悪循環がはじまり、

とりかえしのつかない最悪の状況が待っている。

親として、学校がつまらない、と言われたときの対処策は、

ひとつに子どもの尻をたたくか、

あるいは、おもいきり迎合して学校への不満を聞いて、

御意、そのとおりとうなずいてやるか、

また、徹底的に無視するか、そのくらいしかないのだろう。

 わたしのことを息子も娘もきびしい

父親だと言っているらしい。

わたしはべつにきびしいとはおもっていないのだが、

ただ、子どもたちに教え込んだのは、

箸の持ち方とすしの食べ方ととんかつにソースを

かけてはいけないことと、

食事中テレビを見てはいけないこと、

親に対して反抗的な口の利き方をしないこと、

くらいである。こうして列挙してみると、

ほとんど食事に関しての事情であることに

自分自身あらためて気づくのだが、

大したことを注意していないね。

さいきん家族でいっしょに食事をしていないが、

たまたま食卓を見ると、子どもたちは

しっかりとんかつにはソースをかけているし、

テレビもバラエティー番組が流れている。

このようになぜ、わたしの教えが浸透しないかと言えば、

妻の担うところがおおきい。

妻が夫に批判的な家庭はだいたい食卓をみればわかる。

 ことしの春、息子はなんとかセイトク大学、

とかいう得体の知れない大学に入学が決まった。

わたしは日大の通信にゆくことを薦めたが、

息子も妻もそれにさからった。そ

のなんとかセイトク大学から日程の知らせが届いて、

妻と息子がそれに見入っていた。

「あら、オリエンテーションで二泊三日の旅行があるわよ」

と、妻が言った。

「長野県行くのよ。あ、何村かしら。読めないわ」

妻とは長いつきあいで彼女の知的レベルは

知悉しているので、ここはわたしの出番なのである。

「どれ、貸してみな」

見ると、長野県戸隠村、と書いてある。

「トガクシだよ。あのそばで有名な。知らないのか戸隠そば」

「わたし行ったことないからわかんないわよ」

じゃなにかい、行かない地名は全部読めないのかよ、

とかここで言うと、あげくは、わたしを「はげ、でぶ、死ね」と

ののしっておわる、いつもどおりの結論のつかない

パラレルな喧嘩がはじまるのは自明のことだから、

ここはひとまず一歩さがっていたら、

息子がこのプリントを見ながら、ぼそっと言った。

「どこに書いてあるんだ」

 この親にしてこの子あり、とはうちのために

作成された成語のような気がしたが、

ま、家族だから我慢しよう。

 もうすこし息子も堂々としてもらいたい、

と、おもうのは親の欲目だろうか。

なにしろ、高校一年の春、通学途中の電車の中で、

よその学校の女の子から電話番号もらったとき、

逆ナンパってやつだよ、女の子も勇気がいったろうに、

が、うちのボクには、それがひどく恥ずかしいことらしく、

その日から電車に乗れず、自転車を買ってチャリ通学に

変えてしまったのだ。もったいない。

 数年前、家族で中華料理を食べに行った。

家族が勢揃いしたすこぶる希有のひとときであったが、

わたしの正面に息子がすわった。すわってすぐ、

わたしは息子の様子の異様さに気づいた。

なんかそわそわしているし、顔つきがおかしいのだ。

顔つきといっても表情ではない。

顔の造作がへんなのだ。

以前から眉毛を抜いてうすくしていたから眉毛の問題ではない。

ではなんだろう、と直視していたら、わかった。

氷解した。わたしはすかさず、

「おいっ」

と、息子に言った。

「なに」とちょっと頼りなさそうに息子はうつむきながら

わたしに言った。すでに、じぶんには不利な

展開になることを息子は本能的に察知しているようだった。

「おまえ、まつげ切ったろ」

うつむいたまま息子はちいさくうなずいた。

さすがにこの息子の父親をわたしは

十五年くらいしているので、わたしにはなにが息子に起きていたか、

すべて了解済みだったのだ。

「おまえ、学校でまつげ長いねって友達に言われたろ」

 息子はうなずいた。

「それが恥ずかしいんでまつげ切ったんだろ」

 息子はまたうなずいた。

と、ここでわたしの役目は終わりである。

あとは、となりでぶるぶる震えだしている

妻の出番である。