・熟田津に舟乗りせむと月待てば
潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな (万葉集・巻一)
額田王の作として人口にカイシャしている歌。
あるいは、斉明天皇御製という説もある。
西暦六六三年、白村江の戦に出兵する兵を
鼓舞するための歌であるらしい。
作者がいずれであるにせよ、
この歌が、個人の歌でなく、
「晴れ」の舞台で、その時代に関与したひとの
代表として詠まれた、という事情は適切な考量である。
べつの稿で述べたことだが、この時代に「個人」という発想、
ましてや「自我」という発想がなかったことは確認しておきたい。
つまり、この歌は、その時代における職務上の要請であったのだ。
だから、作者が、天皇であろうと額田であろうと、
ひいては「おんなじ」なのである。
(額田が作歌し天皇が披露したかもしれない)
額田は、この歌のほか
「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」
という有名な歌を残すが、
これも恋の歌でなく、
天皇家の宴席の座興歌であったことはすでに
調べが終わっている。
政治的「場」において、
政治的人間(つまり宮廷歌人)がシステムにとって
最適な選択をした結果の歌なのである。
だから、この歌が披露されたとき、
その「場」はおおいに盛り上がったにちがいない。
そのへんの事情は、編者の大伴家持も了解しているので
「紫の」の歌は「相聞」でなく、
「雑」(それも、「熟田津」の歌とおなじく巻頭巻に)に
カテゴライズしている。
ある、短歌大会に出席した。
パネラーのひとり、荻原裕幸さんが、
つぎの歌を提示され、読者とのかかわりについて論じられた。
・球体にうずまる川面いやでしょう
流れっぽくていやでしょう 飯田有子
この作品においては「生理的に共感できるか、否か」が
要求されている、と。
またた「いいのか、悪いのかを論じるべきでない」とも言われた。
たしかに、この歌は、なにか「ある」歌だし、
なんかを「もつ」歌人であることもわかる、
が、ただ、わたしは荻原氏の講演を拝聴していて、
腑に落ちないことがあった。
それは、「共感できるか、できないか」は
つまるところ読者の能力の査定ではないか、と。
研ぎ澄まされた作者の感性は、
すでに崇高であり、不可侵である、と。
もちろん、現代短歌は「自我」意識において
作歌されるべきであろうが、その作品が一人歩きをするとき、
そこには無数の読者がいる、という事情を
表現者がネグレクトしていないだろうか。
読者に迎合とはいわないが、
ある段階の共有の価値観を持たないと、
何百万人の読者をおきざりにしてゆくことになりはしないか。
すでに、短歌滅亡論がさかんに言われている昨今、
短歌の未来は、「読者」の獲得という隘路に
担保されているのではないか、わたしは、
そうおもう。読者不在の芸術論は自然淘汰されるのにふさわしいのである。
そんなおもいで、額田王の歌に触れると、
古代人の歌には、「場」への情念と正のエネルギーの
強さをふかく感じるしだいなのである。